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黄昏に落ちた魔法使い  作者: 花藤かえ


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第十一話 亡霊との戦い5

 剣がずしりと重くなったような気がして、腕があがらない。


「お前は何者なんだ? なぜ、僕の記憶を持ち、僕を殺そうとするんだ?」


 はっと見上げると、炎が降ってきた。

 あわてて盾で防いだが、押されるように膝をついた。まるで滝の下にでもいるかのように、炎に押しつぶされそうだった。

 そこへ再び、稲妻の矢が降り注いだ。


「もう、何してんのよ!」


 マリンの怒りの声に振り返ると、彼女は大群の虫に襲われているように火の粉を振り払っていた。ミオンは炎の姿のまま、影にとらわれている。ミオンの泣き声がぱちぱちと響いていた。


 我にかえったリロウは再び剣をふりまわし、亡霊を切り裂いた。しかし、屋敷を焼く炎から無尽にわき出ているかのようにきりがない。天井が崩れ落ちてきた。


「もう屋敷がもたないわ」


 リロウは返事の声を出せないほど疲労していた。

 剣から溶けた水が手のひらをすべらせる。リロウは盾を捨て、剣を両手でにぎりしめた。


「君たちはレリアとリリをつれて逃げるんだ。そして、はやく王宮に知らせてくれ」


 あえぎながらリロウは言った。


「自分は犠牲になろうなんて男前なこと言うじゃないの」


 マリンはあきれたように言ったが、リロウは火傷と汗にまみれた顔で片目をつむって見せた。

 その表情を見たマリンは、神妙な顔になってあきらめたようにうなずいた。彼女はターコイズやトパーズ、オパールでできた髪飾りをリロウにつけてやると、


「いい? ヴァリム伯父様に叱られるのはまっぴらごめんなの。この代償はダイヤモンドよ」


 と言い残し、ミオンを抱えて後ろへ走り去った。


「父がそんなに悲しんでくれたら、少しうれしいけどね」


 リロウは苦笑してつぶやいた。


 ――それでも僕だって、


「ヴァリム・クラリウスの息子だという矜持ぐらいはあるんだ」


 リロウは剣を心臓にあてた。高い崖から流れ落ちる滝のように細く冷ややかな水をイメージする。そして、自身の体をも疾風のようにとがらせて、亡霊たちに飛びこんでいった。


 周囲が炎で囲まれると、リロウは剣を床に突き刺し、それを軸にして氷水の渦となった。炎の亡霊を糸を紡ぐように抱きこんでいき、魔封じの紐を編むように宝石のかけらを織り交ぜながら編みこんでいった。しかし、それには、たくさんの魔力と集中力を必要とした。


 リロウは意識が遠のくのを感じながら震える指先で編んでいく。頭の中から記憶が流れ出してしまいそうだったが、リロウはかまわず続けた。意識が渦となり、感情や心までこぼれてしまう。


 ――せめて、僕の名前だけは取らないでくれ。


 そのとき、キィと甲高い音が聞こえた。

 楽器の音か? と思ったがそうではない。

 ふと指先を見ると、そこにはシーがいた。

 リロウは驚いて手を止めた。


 ――いつの間に?


 シーがサファイヤのような青い瞳でリロウを見上げ、キィと鳴き声をあげる。すると、急に頭がしっかりとして、リロウははっとした。

 炎の亡霊はリロウが作った魔封じの紐に絡みついてうまく身動きが取れないようだった。亡霊が大きく広がったり縮んだりしながら揺れていた。


 亡霊の手がゆっくりとシーに伸びた。

 リロウは緊張してその様子を見つめていた。

 シーの前に亡霊の手のひらが差し出される。


 行くのか? と思った瞬間、シーは声とは言えないほどの鋭い叫びをあげた。

 亡霊たちは激しい突風を受けたように炎が飛び散った。

 その下で黒い小さな影が枯れ木のようにたたずんでいた。

 リロウは剣を振り、枯れ木となった亡霊をまっぷたつに切り裂いた。亡霊は悲鳴のようなものをあげた。どろりと朽ちて、シミになった。

 屋敷を燃やす火がそれを灰にしていった。


 リロウは力つきたように崩れ落ちた。

 シーがその鼻先に近づき様子をうかがっている。

 ピンチを助けてくれたというのに、まだ自分のことを警戒しているのかとリロウは笑った。そして、最後の力を振り絞って、マリンからもらった宝石を使い、炎から身を守るための幕を張った。

 屋敷が崩れ落ちる音が聞こえてきた。

 体が傾いていく。

 燃えさかる炎と立ちこめる煙の隙間にふと青空を見つけた。


 ――奴らは僕を殺すと言った。王の息子と呼んだのは、僕が王家の血を引いているからだろうか? しかし、いったい、なぜ? 王家と何の関係があるのか?


 薄れていく意識の中で、最後にリロウはただ眠りたいと思った。

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