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黄昏に落ちた魔法使い  作者: 花藤かえ


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第十話 リゼル・メミニー2

「偉大なる魔法使いが亡くなり、虎視眈々とクラリウス家の背後を狙ってるって噂よ。しかも、小火騒ぎがなかなか解決しないから、金襟の魔法使いたちは面目をつぶしてるって話。今がチャンスと思っているのかもね」

「それで、クラリウス家を失脚させて、実権を取り戻そうとしてるって?」


 初代国王アゼルドラン大王は圧倒的な力で樹海の渦に住む魔法使いたちを従えさせ、国を築き上げた。

 ミレスアロナの創設も彼が提案したといわれており、力だけではなく政治的な面においても革新的で優れた名君であったと伝えられている。


 ところが、アゼルドランの孫、リフィス王は釣り堀王と呼ばれるほどの釣り好きで、王宮にすらほとんどいなかったといわれている道楽者であった。その代わりに顧問官グリソン・イグナールが実務を担うようになってから、しだいに実権は王の顧問団が握るようになり、五代目の王アルナス二世のころには傀儡の王と呼ばれるほど顧問団が王宮のすべてを牛耳っていた。


 そして、先代の王エイルマー三世のとき、彼の家庭教師であったのが偉大なる魔法使い――当時は氷の魔法使いと呼ばれていた――だった。

 エイルマー三世は病弱なうえに気弱な性格で、恩師である偉大なる魔法使いを崇拝していた。王は成人と認められるようになると、偉大なる魔法使いを特別執政官に任命し、実権をほとんど彼にゆだねるようになった。


 そこで、偉大なる魔法使いはそれまで何の実権も持たなかった王宮付きの魔法使いたちを政務官として任命し、形の上では王を最高権力者として、彼らが国の政治を取り仕切るようにしたのだった。

 それまで権力を掌握していた顧問団は王の相談役という本来の役割に戻ったわけだが、実権のほとんどを失うこととなった。そのため、王宮の魔法使いと彼らの間には今でも少なからず確執があった。

 マリンは興味がなさそうにあくびをした。


「まったく、こっちはそれどころじゃないっていうのに」

「どういうこと?」

「いや、こっちの話よ」


 マリンはあわてて遮った。


「ねえ、そう言えば、リゼルって妖精学の授業も受けてたわよね?」

「そうだけど?」

「それってどんな授業なの? 私、単位が足りなくて何か取らないといけないのよ」

「まあ、色々な妖精について調べたり、時には実地調査にも行くわね」

「たとえばどんな?」


 リゼルは丸眼鏡を押し上げると、「ふーん」と意味深にマリンを見つめた。


「……マリンが妖精に興味を持つなんて珍しいわね。おとぎ話なんて子供っぽいって馬鹿にしてたのに」

「違うわよ。今言ったでしょ。単位が必要なの」

「別に妖精学じゃなくてもいいでしょ? どうして妖精学なの? しかも、マーガレット様は妖精嫌いで有名なのに」

「母と私は違うのよ」


 リゼルはぐっとマリンに顔を近づける。さすがのマリンも思わず目をそらしてしまった。


「ねえ、なぜなの?」

「それは……ほら、ミオンが興味を持ってて、それで……」

「そうなの、ミオン君?」


 マリンがとっさに繕おうとしたが、言い終える前にミオンはみるみるうちに瞳を潤ませていた。しまったと思ったがすでに遅い。マリンが慌ててミオンをなだめようとしたが、逆効果だった。


「知ってるわよ。ミオン君、嘘をつくと泣いちゃうんでしょ?」


 リゼルはしたり顔で言う。


「そういえば、こんな噂話もあったわね。偉大なる魔法使いがドラゴンの遺跡から卵を持ち帰ったって。そして、その卵の妖精を相続したのがレリア・クラリウスだとか。そのレリアは、先日ミレスアロナで亡霊に襲われたとか」

「噂話でしょ」


 マリンは焦る。


「じゃあ、マリンが休暇に出かけたあと、ミレスアロナの女子寮でも小火騒ぎがあったこと知ってる?」

「え、何? 知らないわよ」


 マリンは怪訝そうに慎重な声を出した。


「そのとき、燃やされたのがレリアの部屋だったのよ」


 マリンは息をのんだ。


「マリン、本をたくさん読んでそれを血肉にするには、たくさんの知識を繋ぎ合わせていくための想像力と発想力が必要なのよ。そうじゃないと、知識に埋もれて心が死んでしまうの」

「リゼル、何が言いたいの?」

「ドラゴン、亡霊、レリア・クラリウス。そして、リロウ・クラリウスと古魔法。この一連の噂話はただの偶然かしら?」

「さあ。偶然なんて珍しくもないでしょ?」


 マリンは立ち上がった。


「私たちやっぱり帰るわ。本が多すぎて落ち着かないもの」


 ミオンの腕をつかみ帰ろうとしたが、リゼルが立ちはだかる。いつの間にか周囲の書籍が壁のように迫ってきていた。


「ねえ、ミオン、レリアとリロウは亡霊騒ぎに関係しているんでしょ? それは、ドラゴンの遺跡の妖精にも関わっていることなの?」

「ミオン」


 マリンがさえぎろうとしたが無駄だった。ミオンは嘘がつけない。自分の嘘で泣いてしまうからだ。

 ミオンは涙が浮かんだままの瞳でかたまった。その表情だけでリゼルには十分だった。

 マリンはため息をつく。そして両手を上げた。


「完全に私の失態だわ。あんたのことを甘く見すぎてたみたいね」

「本当のことを言うと、それらの噂話について聞きたかったのよ。父に聞いてもはぐらかされるし。マリンが今年グリーンヒルに来ると聞いて誘ったのは、そのためなの。予想以上に収穫があったけどね」


 とにやりと笑った。


「つまり、まんまと罠にはまったのは私のほうだったのね」

「ねえ、まずその卵の妖精に会わせてくれない? 詳しい話はそれから聞かせて。私も知っていることなら何でも話すし、秘密は守るから。絶対に」


 リゼルはミオンにむかって眼鏡の奥からウィンクをした。ミオンは驚いたようだが泣くことはなかった。

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