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黄昏に落ちた魔法使い  作者: 花藤かえ


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第十話 リゼル・メミニー1

 三十分ほど馬を飛ばすとメミニーの別荘はあった。

 キャラメル色のこぢんまりとした建物だが、窓をのぞいただけでも室内には本がぎっしりと敷きつめられているのが分かり、心なしか、屋敷全体も本の重みで傾いているように思えた。

 マリンがドアベルを鳴らすと、リゼル本人が分厚い本を抱えたまま迎え入れてくれた。


「ちょうど、昨晩着いたばかりなの。うちは使用人も小間使い妖精もいないから、ちょっと散らかってるけど、まあ、気にしないで」


 リゼルは丸い眼鏡を押し上げながら言った。すでに、玄関扉が満足に開かないほど本が積まれており、マリンも戸惑った。マントを脱ごうとすると、


「マリンはそのままで。どうせ、その下にはじゃらじゃらアクセサリーを着けているんでしょ? うちは狭いから引っかかっちゃうわよ」


 と止められた。

 そういうリゼルは体のラインにあわせた黒っぽい布地の上衣に男のようなズボンをはいている。裾や袖が長いと本に引っかかって動きにくいのだと彼女は言った。


 マリンが顔をしかめて歩き出そうとすると、さっそく、マントが引っ張られた。振り向くと、その端が本にはさまれている。いつの間に? と首をかしげていると、リゼルが言った。


「うちにある本にはいわく付きのものが多いのよ。使用人も妖精もいないのはそのせい。昔、メイドが本に食べられちゃったことがあってね。二人とも気をつけて」


 思わずひきつった笑みを浮かべたマリンの背中にミオンがしっかりと抱きついてきた。

 応接間に通されたはずだが、廊下との区別がつかないほど壁一面に天井まで届く本棚が並べられ、いたるところに本が山積みになっている。その壮観なながめにマリンは言葉を失っていたが、ミオンは真昼の星空でも見るかのように天を仰いでいた。


「まあ、お客さんなんてめったに来ないから」


 リゼルは恥ずかしそうに言い、ソファとテーブルに積まれた本をどかして最低限のスペースをつくると、紅茶を入れてくれた。しかし、そのカップはどこのガラクタ置き場から持ってきたのかと疑うような古ぼけた品だった。


「私は司書にはなれそうにもないわね」

「そうね、司書になるにはまずその歩く宝石箱みたいな装飾品は外さないと駄目ね。本を傷つけるし、素性のしれない宝石は危険だから。でも、古い本にはまじないや呪いがかかっていることも多いから、魔除けの石は必要よ。亡霊や悪魔がとりついていることもあるから、魔除けや結界魔法はしっかり勉強しないと駄目ね」


 リゼルは笑いながら言ったが、マリンは苦笑いしかできなかった。


「でも、本当にマリンがグリーンヒルに来るとは思わなかったわ。ここは静かなことだけが取り柄みたいな場所だもの」

「ええ、すでに後悔してるの」


 マリンは肩をすくめた。


「そういえば、リロウとレリアは今ここの別荘で謹慎中なのよね? 不穏な噂が立ってたけど、大丈夫なの?」

「不穏な噂って?」

「そっか、マリンはまだ知らないのね。ほら、まあ、司書と理髪師のもとには噂が集まるなんて言うでしょ? それで、父さんから聞いた話なんだけど、王都での小火騒ぎの犯人としてリロウとレリアの名前があがってるって噂。もしかしたら、裁判にかけられるかもしれないって」

「裁判って……」


 マリンは絶句した。ミオンも不安そうな表情を浮かべ、嘘がなくとも泣き出しそうになっていた。


「もちろん、あくまでも噂よ。私もなんで二人の名前があがったのか分からないけど、ミレスアロナで何かやらかして中庭に火をつけたのよね? それでそんな噂が立ってるだけだと思うわ」


 何も知らないリゼルは青ざめる二人を見て、慰めるように言った。


「この小火騒ぎ、ぜんぜん犯人が捕まらないみたいだから、金襟の魔法使いたちは大変みたいよ。ついに捜査長官のカシェ・バルドも乗り出したとか」

「あの、男か女かも分からないカメレオンみたいなやつよね。私、あの人苦手なのよ」


 王宮付き捜査長官カシェ・バルドは、たぐいまれな変身能力を持ち、本来の姿は当の本人ですら分からないのではないか、と言われているほどだった。


「それほど手こずってるみたいだから、変な噂も多いのよ。リロウとレリアはクラリウス家の子供だから、事件を隠蔽したがっている、とか。そもそも、クラリウス家の陰謀だ! とかね」


 リゼルはおかしそうに言った。


「ミレスアロナのことは、リロウの馬鹿がおかしな魔法を試して失敗したせいなのよ。まあ、いつものことなんだけど」


 笑いながらマリンは言ったが、いつもの快活さは欠けていた。


「さすがヴァリム様のご子息ね。彼が熱心な読書家ってことは知ってるわよ。……特に古魔法に興味があるとか」


 と言い、リゼルはにやりと笑った。


「そう、それよ」


 マリンはあきらめて認める。これくらいの噂は誰もが知っていることだからだ。


「やっぱりね。それで、王宮に目をつけられちゃったのかもね。古魔法は王都じゃ法律で禁止されているもの」

「ミレスアロナは治外法権が認められてるのよ」

「学院の規則でも一般学生が古魔法を行うことは禁止されてるでしょ。リロウが大目に見てもらえているのは、ヴァリム様のご子息だからよ」

「それは認めるわ」

「それを妬んでいる人だって少なからずいるんだし、王宮には、あんたたち一族をよく思ってない連中も多いでしょ? 王の顧問団とか」


 リゼルはささやくように言った。


「ああ……」


 嫌なものを思い出したというようにマリンはうなった。

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