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第九話 亡霊、再び4

 また雲が出ていた。しかし、雨が降る様子は見えない。強い太陽が雲に隠れ、やわらいだ午後の光は、そっけなく後ろを向いているようだった。


「シー?」


 レリアはふいに不安になった。

 シーは空をじっと見つめている。

 雲は風景画のようにたたずみ、一面の緑の丘は時間が止まったかのように静かだった。

 レリアの胸がきゅっと締めつけられた。息苦しさを感じ、窓を開ける。

 風さえ、ない。

 ふっと、背後が明るくなった。

 シーがすばやく振り向いて天井を見つめた。

 レリアもつられて見上げると、いつの間にかランプに火が点っていた。

 それに気がついたときには、その炎が燃え上がり、部屋全体を覆っていた。

 シーが甲高い声をあげる。


「亡霊? なんでこんなところに!」


 レリアはとっさにリリを抱き上げた。リリは驚いて目を覚ましたが、次の瞬間にはこの危機を理解し、ぎゅっとしがみついてきた。

 レリアは運んできた水のポットを倒し、呪文を唱える。

 こぼれた水は空に浮き上がり、レリアたちを丸く包みこんだ。リリもその魔法を理解して、同じく呪文を唱えだした。


 ミレスアロナには通っていないものの、リリはレンクスが選んだ家庭教師について英才教育を受けている。

 二人のつくった水の壁のおかげで、炎の亡霊は戸惑うように周囲を巡っていたが、長くは持ちそうになかった。リリは体調が思わしくなく、すでに辛そうに息を荒げている。


「リリ、無理しないで」


 彼女はうなずいたが、魔法は止めなかった。

 リロウが気がついてくれればと思ったが、おそらく彼は地下にある書斎にこもっているに違いなかった。誰にも邪魔されずに本を読みたいときには、いつもそうするからだ。

 亡霊たちは周囲をいっそうぐるりと取り囲んだ。

 気温が上昇していくのを肌で感じた。このままいけば、水の壁が沸騰し、蒸発してしまうだろう。かといって、彼らに対抗する力はまだ自分にはない。下手に力を使うよりも、こうして守っていることしかできないことを歯がゆく思った。


 ――でも、私だって少しは上達した。


 レリアは水の壁が氷になるようにイメージした。猛吹雪で炎を消し飛ばしてしまうように、心に冷たい風を起こした。

 そのイメージは、魔法となるまえに身を凍らせるかのようだった。鮮明なイメージは自身をも飲み込んでしまうことがあるため、その加減が難しい。ただはっきりとしたイメージを描けばいいというものでもない。

 レリアは心臓が凍りつくような悪寒を感じながら、必死に吹雪を呼んだ。


「レリア、頑張って」


 リリがレリアをぎゅっと抱きしめた。彼女の温もりが、レリアの体を楽にした。

 頭の中でかき乱れる雪と氷の映像をゆっくりと心から離していく。そして、心の静かな目で荒れ狂う炎の亡霊を見つめた。

 レリアは頭の中に浮かぶ心象を小舟を流すように手放した。それに息を吹きかけ、竜巻を起こした。 

 部屋が揺れた。

 水の壁の外で吹雪が吹き荒れた。亡霊たちは戸惑うように一瞬消えた。それを見て、レリアの気がゆるんだ。


 その隙をつき、部屋の隅に残った竜巻を飲みこんで炎が弾けるように燃え上がった。渦に乗り勢いを増していくと、天井を突き上げるように激しい火柱となった。もはや、部屋は完全に炎に飲みこまれていた。

 レリアとリリはお互いを強く抱きしめ、身を震わせた。シーも鳴き声をあげながら震えている。レリアがそっとその体を抱き寄せると、シーもまた体をすり寄せてきた。


 ――ドラゴンの子供が炎を怖がるはずがない。


 恐怖の中でレリアは思った。おとぎ話にでてくるドラゴンは、自ら火を吹き街を焼くような生き物として描かれている。


 ――でも、どのみち、守ってあげられそうにない。


 レリアは悲痛な思いに胸を張り裂かれそうになりながら、顔を上げた。亡霊たちはやはり水の壁の周囲を取り囲みながら、こちらをうかがっているようだった。そしてまた、あの低いうなり声のようなものを発している。それが、内蔵を直接震わせるように響き、吐き気を覚えた。


 ――なぜ、すぐに襲ってこない?


 レリアはリロウの言っていたことを思い出した。

 たしかに彼らなら、これくらいの水の壁は壊せるのではないだろうか。しかし、激しく荒れ狂い襲いかかろうとしている一方で、どこか警戒しているような様子も見えるのだった。


 ――やはり、シーを傷つけないため? いや、それとも恐れている? ドラゴンの子供だから?


 気温がますます上昇し、汗ばむようになってきた。ぐるぐると巡る思考に熱がまざり、様々な考えが溶け合っていく。

 レリアは混乱した。それを洗い流すように大きな滝を想像し、水を流した。

 しかし、熱で浮かされているせいかイメージが暴走してしまう。嵐の後のように水が荒れ狂う。濁流が耳をつんざき、思考も停止した。

 このままでは、炎に燃やされるか、水にのみこまれるかのどちらかだ。

 リリが声をあげながら泣いた。


「リロウ!」


 その叫びは自身の作り出した水の音にかき消された。

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