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第九話 亡霊、再び3

 リリは先ほどから一言もしゃべらず、じっと顔をふせたままだった。

 レリアがこの寡黙な美少女の顔をのぞきこむと、血の気が失せたように青ざめているのに気がついてぎょっとした。


「リリ、どうしたの? どこか悪いの?」


 リロウも気がついて、リリの頬に触れた。


「寒いのかい?」


 リリは静かに首をふった。


「……ドラゴン」


 妖精のささやきのように聞き逃してしまいそうな小さな声だった。レリアとリロウは息をとめて、続きを待った。


「ドラゴンの夢を、見た」


 とリリは言った。


「それは、予知夢?」


 リロウが確認するが、リリはおぼつかない表情で首をふるだけだった。

 リリは占い師の母の影響か、予知夢を見ることがあるようだ。ただし、まだ幼く能力が安定していないために、自ら予知夢かどうか判断することはできないらしい。


「ドラゴンの話をどこかで聞いたの?」


 リリはうなずいた。


「父様が」

「レンクス叔父さんが?」


 リロウが意外そうな声をあげた。レリアも同様に驚いた。

 レンクス・ジュレは王宮付きの司法長官で、美しいもの、整ったものを愛し、曖昧なもの、特におとぎ話や伝承のたぐいは鼻で笑うような人物だった。その彼がドラゴンという単語を口にするだけでも想像がつかなかった。


「レンクス叔父さんが何の話をしていたんだい?」

「ドラゴンの都がよみがえると言ってた」


 二人はしばらく言葉がでてこなかった。


「ドラゴンの都がよみがえる? いったい、それはどういうこと?」


 リリはまた首をふる。


「つぶやいて、書斎に入ってしまったから。呼んでも気がつかなかった」


 あのレンクスが溺愛する娘に気がつかなかったという話だけでも驚きだった。


「キアラン叔父さんの手紙によると、この話は父と二人だけでしかしていないということだったけど……」

「それで、そのドラゴンの夢ってどんなものだったの?」


 さっとリリの顔が青くなった。これ以上、血の気が引けば、氷になってしまうのではないかと思うほど白い肌は青く透き通っていた。


「ドラゴンが燃えていた」

「燃える?」


 レリアとリロウは顔を見合わせる。


「炎の亡霊……」


 ぽろりとこぼれるように、リロウはつぶやいた。

 レリアは突然冬の訪れを感じたかのように、背中がぞくぞくとした。


「彼らの目的はドラゴンを殺すこと? もしも、シーが本当に……」


 レイラは胸が詰まってそれ以上は言えなかった。震える手でかごの中に眠っているシーを手の平でもちあげると、胸のポケットにそっと入れた。それでもシーは起きなかった。


「いや、落ち着いて、まだ予知夢と決まったわけじゃない。リリ、他には……」


 とリリを見ると、彼女は貧血を起こしたように倒れそうになっていた。


「だめだ。リリを休ませないと」


 リロウがリリを抱えて、彼女の寝室へと運んだ。


「リリの侍女は?」

「ここのメイドたちとみんなで買い物に行ってる。彼女が帰るまで私が見てるわ」

「助かるよ。僕はあの本の解読を進める。キアラン叔父さんにも手紙を書かないと」


 そう言って、リロウは慌てて部屋を出ていった。


 リリは眠りにつくと、だんだんと血の気が戻ってきた。悪夢にうなされている様子もなく、レリアはほっとして、隣にしつらえてあるマリンのベッドに腰かけた。

 そのとき、ようやくシーが顔を出した。

 お腹が空いたらしく、キィキィと鳴いている。レリアはクルミとレーズン入りのビスケットを取りだしてシーに与えた。シーはこれが気に入っているらしく、嬉しそうに声をあげると、夢中になって食べはじめた。


「落としたクズもちゃんと食べなさいよ」


 レリアの胸ポケットはいつもお菓子のクズがたまっている。シーは理解しているのかいないのか、レリアの顔を見上げてキィと鳴いた。


「ミルクをもらってきてあげる」


 レリアはシーとビスケットを窓辺のテーブルに置くと、離れにある厨房に向かった。すでに昼食の準備は整っていた。時計を見ると正午をずいぶんと過ぎていた。もうそんな時間だったかと驚いた。

 しかし、マリンたちは出かけており、リロウはどうせ呼びかけても気がつかないだろう。まだメイドたちが帰ってきていないことを確認すると、昼食のパイとミルク、水、それにぶどう酒をバスケットに入れてもらい、部屋に戻った。


 部屋にはいると、リリは静かに眠ったままだった。

 レリアは一人で昼食をとると、うとうととした。

 午後の強い日差しがけだるげにまぶたを照らし、レリアはいつの間にか寝入っていた。


 ふと目を覚ますと、リリはまだ眠っている。

 昼食のパイにも手をつけられていない。

 いっぽう、シーは食べかけのビスケットを放りだして、外を見入っていた。しっぽが逆立っているのに気がつき、また、通り雨でも来るのだろうかと窓の外をのぞいた。

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