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黄昏に落ちた魔法使い  作者: 花藤かえ


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第八話 研究塔4

「調停者ですか?」

「おそらく、精霊と魔法使いが戦争をしたとき、それを収めたのがドラゴンじゃったのではないかと、わしは思っておる。それをきっかけにドラゴンを長として精霊たちは都をつくったのではないかとな」

「なるほど。それがドラゴンの都というわけですか。おとぎ話によれば、ドラゴンの都にはたくさんの精霊が住み、まるで楽園のようだったとか」

「うむ。魔法使いにとっては精霊から学びたいものはまだたくさんあったはずじゃからのう。楽園と考えてもおかしくはあるまい。今でも精霊人を神のようにあがめている者たちもいると聞くからのう」

「しかし、ドラゴンを神とたたえているという話は聞きませんね」


 キアランはふと疑問になって言った。


「ドラゴンは精霊の王のような存在ですよね?」

「そこなのじゃ」


 セドはパイプをキアランのほうにつきだした。


「ドラゴンの記述があまりにも少なすぎると思わんか? たとえおとぎ話の生き物であったとしても、いや、そうであったならなおさら、もっとたくさんの物語に書かれていてもおかしくないはずじゃ。たとえば、パタムリトラは二千年前にフィッツ・リトラという髪結い師が創作した生き物だということは今では誰もが知っておる。が、それでもいまだに物語の多くにはこの生き物が実に生き生きと描かれておる。一時はパタムリトラ教なるものまでできて、多くの者が熱狂したものじゃった。真実が判明したときは、嘆き悲しんだ研究者や信者が数多く自然に帰っていったほどじゃ」


 パタムリトラとは、奇跡を運ぶ虫と呼ばれていた生き物だった。

 ガラスの羽を持ち、体は綿毛のように丸く、夜、蛍のように光を放ちながら飛ぶ。この虫を捕まえると、何か一つ奇跡が起こると言われていた。

 このような架空の虫の存在が信じられていた時代があったのだ。


「妖精ではなく、虫というのがロマンだったのじゃ……」


 セドは弁明するように言った。もしかすると、彼もまたパタムリトラ教の信者の一人だったのかもしれない。


「ともかく、一介の髪結いが作った生き物でさえもてはやされたというのに、精霊の王とも言われるようなドラゴンがなぜこうも物語から無視されておるのか、不自然だとは思わぬか?」

「つまり、意図的に消されたと?」

「それ以外には考えられん」

「そして博士は、それがドラゴンの都が滅びた理由に関わると言いたいのですね?」


 セドはにやりと笑った。


「やっぱりおまえさんは勘が鋭い。研究塔に戻ってくるならいつでも大歓迎じゃぞ」


 キアランはあいまいに微笑んだ。


「それで、博士はそれをどう考えておられるのです?」


 キアランがたずねるとセドはパイプの煙を吐き、残念そうに首を横に振った。

 キアランはしばらくためらったあとで、言葉を続けた。


「ところで、博士は偉大なる魔法使いがドラゴンの遺跡から卵を持ち帰ったという噂を耳にされたことはありますか?」

「ある」


 目を閉じてパイプをふかしていたセドは、ぱっと目覚めるように目を開いた。


「だが、わしがその噂を聞きつけて偉大なる魔法使いのもとに行ったときには、すでに誰とも会わんようになっておった」


 テーブルに落ちた影に悲しい過去を見るように、セドは顔をふせた。と同時に、大切なことに気がついたように、はっと顔をあげた。


「その卵はたしか……」

「魔法陣に使われたのが、その妖精です」


 セドは穴が開くようにキアランを凝視していた。まるで満天の星空のひとつひとつの星に謎が記されているのを知ったかのように。博士はしばらく身動きすらしなかった。

 彼は震える手でパイプを外した。黒い雲に隠された満月のように目を細め、


「おまえさん、なぜ、急に戻ってきた?」


 と静かにたずねた。

 唐突な鋭い質問にキアランはまごついた。


「もしかしてヴァリム様に呼ばれたのか?」

「さすが博士、勘が鋭いですね」

「王宮はどうしておるのじゃ?」

「近頃、王都で小火騒ぎが起こっているらしく、王宮の魔法使いたちはそちらのほうに出払っているのです。その小火騒ぎというのも亡霊たちの仕業のようです」


 キアランは詳しい話はしなかった。しかし、セドは隠された暗号を読み解こうとでもするように細めた目でじっとキアランを見つめていた。キアランは緊張を覚えた。


「なにやら厄介なことが起こっているようじゃが……キアラン」


 セドはますます声を沈めた。


「気をつけるのじゃぞ。とくに、王宮の者にはな」


 ――裏切り者がいる。


 というヴァリム声がよみがえった。

 セドの瞳はそれ以上の質問を許さなかった。

 たゆたう煙の色と同じ灰色の瞳はうかつな言葉を口に出してはならないと警告しているかのようだった。

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