第一話 金の黄昏日3
レリアが目を覚ますと、ベッドの上に横たわっていた。
白い天井に白い壁、そして白いカーテン。
「レリア・クラリウス、目が覚めましたか」
校医のクイン・ハロドリーがレリアの顔をのぞきこんでいた。やはりここは医務室のようだ。
レリアはゆっくりと起きあがったが、頭は石のように重たかった。
クインはレリアの脈を測り、いくつか確認をとる。
「大丈夫ですね」
しかし、間を置かずに、
「レリア・クラリウス。金の黄昏日は外出禁止だということを忘れたのですか?」
と責めるように言った。
「でも、個人面談があって……」
厳しい口調に、レリアはもごもごと言い訳をした。
うなだれていると、コップに入れた薬草水を差し出された。灰緑色をして、雨の日の溝のような臭いがする。
「飲みなさい。頭がはっきりとします」
断りたかったが、同じ色の瞳でじっと見つめられると、それはできなかった。
レリアは観念して鼻をつまみながら飲み干した。
次の瞬間、天地が逆転したかと思うように目が回った。体の中でマグマがうごめくように熱くなり、頭のてっぺんがポンっと爆ぜた……かと思って、ベッドに倒れ込む。
ところが、頭は嘘のようにすっきりとしていた。
クインが満足げにレリアを見つめていた。クイン・ハロドリーは名医だが世話にはなりたくないと生徒の間で評判だったことを思い出した。
「あの、私は一体……」
「ギストリー・ランバートという大学院生があなたが回廊で倒れているところを発見しました。魔獣を散歩させている途中に、妖精の鳴き声に気がついたそうです」
「倒れている?」
首もとまで黄金色の影に飲みこまれたことを思い出して、レリアは身震いをした。
「私、回廊で倒れていたんですか?」
「彼はそう言っていました。彼が魔獣の背に乗せてここまで運んできたので、私はその状況を知りませんが、黄昏に落ちなかったのは幸運でした。しかし、今後は十分に気をつけなさい。彼が通りかからなければ、手遅れになっていた可能性もあります」
すでに手遅れだったと思うが、なぜ助かったのだろうかとレリアは首をかしげながら自分の体を確かめた。
「外傷はありません」
スカートをまくり上げて確認しようとするとクインが素早く言った。たしかに、痛みもなく、感覚にも問題はなかった。
「シーはどこですか?」
レリアは顔を上げてあたりをみまわした。
「あなたの妖精のことですか? そこで寝ていますよ」
クインが指をさしたカゴの中でシーは気持ちよさそうに眠っていた。
「この子にも問題はありませんか?」
「私は妖精のことには詳しくありませんが、見たところ問題はなさそうです。心配ならば妖精学の博士に見せに行くといいでしょう」
レリアはそっとシーの体に触れた。絹のように柔く、温かい。
「……その妖精が偉大なる魔法使いの残した妖精ですか?」
無表情のクインが興味深そうにシーを覗きこんでいた。
「はい、そうです」
「珍しい妖精ですね。何の妖精ですか?」
「それが、誰にも分からないのです。祖父は誰にも何の卵なのか言わなかったそうなので」
クインは驚いたようにレリアを見た。
「選ばれた子供たちにも分からなかったと?」
「はい」
「それは、興味深いですね。妖精学の博士たちに見せたら泣いて欲しがるかもしれません」
レリアは笑った。
クインも珍しく笑みを見せたが、ふっと顔を曇らせると、
「偉大なる魔法使いも妖精が卵から孵るところを見たかったでしょう。偉大なるものには早すぎる死でした」
とつぶやくように言った。
レリアの祖父は王国一の魔法使いだった。
王宮執政官として何百年も国の執務を取りまとめ、その魔力も知性も名声もすべてにおいて他に類を見なかった。ドラゴンの血が流れている、という噂まであったほどだ。
王宮付きのころは「氷の魔法使い」と呼ばれていたが、六十年ほど前に職を辞してからは偉大なる魔法使いとだけ呼ばれるようになっていた。
半年ほど前に静かにその生涯を閉じると、国中が悲しみにくれ、国王も喪に服した。突然の訃報に、誰もが早すぎる死だと言って涙を流したのだった。
そんな偉大なる魔法使いには五人の子供がいる。しかし実子はなく、全員が養子だった。
彼に見いだされた子供たちは、すっかり大人になった今でも「選ばれた子供たち」と呼ばれていた。彼らの多くは王宮付きの職に就き、人々から尊敬の眼差しを向けられている。
レリアの父はその中の四番目の子供だった。
心優しい父親だったが、なぜ父が偉大なる魔法使いに選ばれたのか、彼女には分からなかった。おそらく、世間の人々もそうだったに違いない。
レリアの父は、学院の掃除夫だった。




