第七話 いとこたち2
二日もしないうちにマリンは緑の景色に飽きたようでミオンとリリを連れて遠乗りに出かけていった。
レリアは課題の山の隣でため息をつきながら、三人が丘の中に消えていくのをながめていた。
「これじゃあ、ぜんぜん休暇じゃない」
リロウはすでに今日の課題は終わらせたようで、あいかわらず黒い本に没頭していた。
「リロウは行かないの?」
「なかなか解読が上手くいかなくてさ」
「気晴らしにでも行けばいいのに」
「それに、レリを一人にするわけにもいかないだろう?」
レリアは顔を上げた。そんなふうにリロウが気を使ってくれることを意外に思ったからだ。
ふいに会話がとぎれ、開け放した窓から心地よい風が舞いこんでくる。
濃い草や葉のにおいが真っ直ぐに鼻腔をくすぐった。本の頁がぱらぱらとめくれ、古びた羊皮紙が本から滑り落ちると、落ち葉のように宙を舞った。それをリロウが捕まえて、レリアに手渡した。
「……この間のことは、本当に悪かったと思ってるんだ。僕はどうかしてたよ、ごめん」
リロウは静かに言った。
あの金の黄昏日の出来事は忘れたふりをしていた。しかし、二人の頭上にはいつもその影がベールのようにおおっていた。
「リロウは私とシーをどうしたいの?」
「僕は……君の味方だ。何があっても。そう誓うよ」
「じゃあ、もう危険なことはやめて」
「ああ。もう君を危険なことには巻きこまない」
「あなた自身も!」
レリアが強く言うと、リロウはその言葉の意味を必死で理解しようとするように顔をしかめた。
そのとき、窓から一羽の鳩が飛びこんできた。鳩はリロウの目の前にとまると、安堵するように羽を休めた。左目の横と右の翼に青い斑点がついている。
「キアラン叔父さんだ」
リロウはうれしそうに言った。
「タカじゃないのね」
「鳩のほうが好きなんだって」
リロウはじれったそうに足首についた金輪の中から手紙を取り出してそれを開くと、文字が浮かびあがった。その手紙を読むうちに、明るかった表情に影が差した。
「どうしたの?」
「いや……」
言葉をにごしているリロウの手の中で手紙は灰になった。
「何が書いてあったの?」
レリアは急かすように聞いた。
「キアラン叔父さんは、父さんに呼び戻されて、今、王都に戻ってきているらしい。詳しいことはまだ言えないらしいけど、とにかく、古魔法はやめるようにって」
「よかったじゃないの。キアラン叔父さんにそう言ってもらえて」
リロウはレリアの皮肉も聞こえないように話を続けた。
「それから、シーに気をつけるようにと」
レリアは少し失望した。
「キアラン叔父さんまで?」
顔を上げたリロウの瞳にはまだ影がさしていた。
「シーがいれば君は命までは狙われないと思っていた。そんな甘い考えを起こすなんて僕はどうかしてたんだ。遺跡でも、奴らは君に危害を加えようとしてたのに」
「リロウ、落ち着いてよ。もうその話はいいから」
「奴らは君の寝床を狙った」
レリアは何の話が分からずにぽかんとした。しかし、あまりにも切迫した言い方に不安を覚えずにはいられなかった。
「どういうこと?」
「君を殺そうとしたんだ」
体の奥がぞくりとする。
「シーを僕に渡してほしい」
自分の噂をききつけたみたいに、シーがポケットから顔を出した。最近、シーは起きている時間が増えたような気がする。レリアはシーを隠すようにして手のひらでおおった。
「何を言ってるの?」
「君からシーを取り上げようっていうわけじゃない。ただ、危険が去るまでのことだ」
「リロウ、ちゃんと説明してよ」
レリアはいらだって、声をはりあげた。リロウは一瞬、びくりとした。そして、小さく深呼吸した。
「マリンが言っていただろう? 今、王都で小火騒ぎがあるって。父さんはその原因が僕だと思っているらしいんだ」
「どういうこと?」
「言っただろう? 古魔法に失敗したとき、炎の亡霊があらわれたんじゃないかって。やっぱり父さんも同じことを考えたらしい。王都で暴れている炎の亡霊は、きっと僕が呼び寄せてしまったものなんだ」
「でも、そのときの亡霊は伯父様が退治してくれたんでしょう?」
「そうだと思ってた。でも、それだけではなかったとしたら? 焼却炉の亡霊も、全部、僕のせいだとしたら……」
リロウの顔は青ざめていた。
「考え過ぎよ、リロウ。きっと、研究生の捨てたゴミから生まれたか、黄昏の影から迷子になったちょっと執念深い亡霊ってだけだから」
リロウは硬い表情で首をふった。
「僕には責任がある。君を守る責任もだ。だから、シーを僕に渡してくれ。これ以上、君を危険にさらすわけにはいかない」
リロウにがっしりと両肩をつかまれた。あまりに真剣な瞳の輝きは、むしろ危うさをかんじさせるものだった。いつもの、リロウのひょうひょうとした冷静さは失っていた。
レリアは首をふった。
「シー」
レイラの指の間からシーが顔を出した。ところが、リロウの真剣な眼差しに射抜かれると、怯えたようにポケットの中に入ってしまった。
「私の味方なんでしょう?」
レリアもまた怯えたように後ずさったが、リロウの手はとらえた獲物を逃がさないかのようにしっかりと力がこめられていた。
「そうだよ。だから君も僕に協力してほしい」
「嫌」
「どうして?」
「この子は私が世話をするって決めたの」
「危険な目にあってまで?」
「私、だいぶ魔法が上手くなったんだから」
リロウはいっそう手に力をこめた。
「無理だ。危険すぎる」
「無理じゃない」
レイラは意地を張るように否定した。
「君にはまだ無理だ。いいから、僕を信用してくれ」
「リロウを信用してないわけじゃない。でも、この子は私が守る。だって、シーは私と同じなんだもの。親を亡くして、みんなに厄介払いされて。だからきっと、この子は私に懐いてくれたんだと思う。似たもの同士だから」
レリアは涙をにじませながら言った。
「でも、シーは――」
「違う!」
そのとき、談話室の扉が開いた。
「何? 痴話喧嘩?」
そこにはマリンとミオン、リリがいた。
レリアとリロウが無言のまま驚きと疑問の目で彼女らを見ていると、マリンは察したように息を吐いて窓辺に行った。
「雲行きが怪しくなってきたから帰ってきたの。雨にふられてリリが風邪でも引いたら、私たち墓石の下に埋められちゃうかもしれないでしょ?」
いつの間にか空には黒い雲が立ちこめていた。湿った嫌な風が吹きこんでくる。マリンが窓を閉めると、それを待っていたかのように雨が降りはじめた。
「それで」
とマリンは大きな目でレイラとリロウをじろりと見た。
「いったい何が起こっているのか詳しく話を聞かせてちょうだい。私、今、とっても暇してるの」
マリンは大きな口でにやりと笑った。
涙も引っこんでしまうくらい威圧的な表情だった。この笑顔でたくさんの男性を虜にしたのだろうか。




