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黄昏に落ちた魔法使い  作者: 花藤かえ


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第六話 キアラン2

 王宮は切り立った岩壁のようにそびえ立っていた。

 採掘中の鉱山のように宝石がちりばめられ、力強い彫刻で鳥の群がほどこされている。荒々しい激しさと繊細で絢爛な姿は神話時代から取り残されているように幻想的だった。また、王都の外からは宙に浮いているように見えることから、「天空の宝石箱」と呼ばれることもある。


 嫌と言うほど見慣れているはずの光景だが、なぜか帰ってくるたびに見入ってしまう。

 キアランはぼんやりとその姿を堪能してから、長い階段をゆっくりとのぼった。玄関扉は美しく磨かれた黒曜石でできており、そこに映った自分の姿にぎょっとする。

 ぼさぼさの髪に無精ひげ、服も靴もくたびれて、埃や土にまみれている。湯を浴びたのは何日前だったか、思い出そうとしてみたが無理だった。

 兄の険しい顔を思い浮かべ、きびすを返そうとしたが、その前に彼を認めた衛兵が扉を開いてしまった。キアランはばつの悪い思いをしながらおそるおそる王宮の中へと足を踏み入れた。


 ところが、大広間はがらんとして、王家の肖像画でさえも寂しげに感じられるほどだった。いつもなら金色の襟を立てた魔法使いたちが闊歩しているはずなのだが、彼らのすました笑い声さえ聞こえてはこない。

 さらに中を歩き回ってみたが、やはりいけ好かない魔法使いたちの姿は見あたらなかった。使用人たちがキアランを見つけると、一瞬怪訝な顔を浮かべてから、驚いたように恭しく頭をさげる。

 キアランはなるべく人目につかない通路を選んで兄の部屋に行ったが、あいにくと留守だった。彼は棚に置いてある葡萄酒を失敬して、兄を待った。


 ようやくヴァリム・クラリウスが戻ってきたのは夜が更けてからで、葡萄酒を一本空けたキアランはぐっすりと眠りこんでいた。


「これは、三百年前に旅商人から買ったものだぞ」


 キアランが目覚めるなり、ヴァリムは怒鳴るように言った。


「もちろん、兄さんと飲もうと思ったんですよ。でも、あまりにも遅いから」

「なぜ、お前はいつも到着する日を知らせないのだ?」

「こういう暮らしをしていると、どうも無頓着になってしまって」


 頭をかくと白い粉がぱらぱらと落ちた。


「そのようだな」


 とヴァリムはキアランの姿をにらみつけた。


「よくそのなりでここまで来れたものだ」

「まったくです。私も不思議なくらいで……」


 ヴァリムの鋭い視線にキアランは口をつぐんだ。


「まあ、いい」


 とため息をつき、ヴァリムは新たに棚から葡萄酒を取り出すと、一人でそれを飲みはじめた。

 石の彫刻のような端正な顔はすっかりやつれ果て、目の下には暗いクマが住み着いている。美しいアイボリーの髪には白髪が目立ち、ずいぶん量も減っているようだ。

 昔、太陽の君と呼ばれて女性たちの瞳を釘付けにした姿は、面影もない。


「わざわざ呼び戻すなんていったい何事ですか? それに、宮殿内もずいぶんと静かなようですが、金襟の魔法使いたちはどうしたのです?」

「ああ」


 ヴァリムはかみ砕いた苦虫を流しこむように葡萄酒を飲むと、ぐったりとソファにもたれかかった。


「最近、王都で小火騒ぎが多発していてな。王宮付きの魔法使いはみなそれに出払っているのだ」

「小火騒ぎですか? この季節に物騒ですね。犯人の目星はついているのですか?」


 ヴァリムは難問を前にした博士のように眉にしわを刻むと、


「犯人は、おそらく亡霊だろう」


 と言った。


「亡霊ですか?」


 キアランは拍子抜けしたように言った。亡霊ごとき、王宮付きの魔法使いが手を焼くものでもない。まして、兄ほどの魔法使いとなればなおさらだ。


「実は、先月、ミレスアロナの焼却炉でも亡霊が目撃されたのだ。おそらく、同じところからきたものだろうと思う」

「へえ。ミレスアロナの博士たちが亡霊の侵入を許すとは珍しいですね。新しい研究対象でも見つけて、全員で部屋に閉じこもってでもいたんですか?」


 キアランの軽口にも表情ひとつ変えず、ヴァリムはさらにしわを深くした。

 キアランは奇妙な不安を感じる。


「でも、亡霊なんて問題にするほどのものでもないでしょう。いったい、何が問題なのです?」


 ヴァリムはさらにしわを刻んだ。このままいくと、そこからひびが入って、顔が真っ二つに割れてしまいそうだった。


「リロウだ」


 ヴァリムは重い口を開いた。


「リロウ? あなたの息子のリロウのことですか?」

「ああ」


 リロウはヴァリムの三番目の息子だ。生まれたときにはすでに二人の兄たちにも息子がおり、世継ぎの重責から解放されていたせいか、伸び伸びと育った素直な青年だった。

 彼が生まれたばかりのころ、忙しい両親に変わり、キアランが子守をしていたこともある。性格は父親とは正反対だが、彼もまた兄たちに負けず劣らず親譲りの素晴らしい才能と頭脳を持っている。

 突然の名前に驚きながら、


「そのリロウがどうかしたんですか?」


 とたずねた。


「その亡霊たちはおそらく、リロウが古魔法を使ったさいに黄昏の狭間から呼び出してしまったものだと私は推測している」


 キアランは驚愕した。


「古魔法? リロウは古魔法で亡霊を呼んだのですか?」


 興奮気味にたずねるキアランにヴァリムは苦い表情を見せた。


「それは結果としてだ。春の終わりごろ、リロウは精霊の国から精霊を呼び出し、人形に宿すという古魔法を行った。それは失敗して、リロウは炎に焼き殺されそうになった。たまたま、書類を探しに家に帰っていたので助けられたが、そうでなければどうなっていたのか分からない。私はそのとき、地底から悪魔でも呼び出してしまったのだろうと考えていたが、もしかすると、黄昏の狭間を開いてしまったのではないかと考えるようになった。なぜなら、王都で暴れている炎の亡霊が、それに似たものだったからだ。おそらく、リロウが開いてしまった隙間から亡霊たちが入ってきたのだろう」

「優秀なお子さんを持つと苦労が絶えませんね」


 キアランは苦笑しながら言った。

 リロウが古魔法に興味を持っていることは知っていたが、まさか実際に魔法を使えるほど勉強をしていたとは知らず、キアランは愉快な気持ちになった。


「笑いごとではない」


 ヴァリムはぴしゃりと言い、葡萄酒を飲むと頭を押さえた。

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