第五話 ヴァイオレットムーン2
美しいといえば、三番目の伯父レンクス・ジュレのほうがずっと美しい。ただ、真冬の夜空のような黒い髪と銀色の瞳は、凍てつくような美しさではあったが。
しかし、レリアが一番美しいと思うのは、やはり司祭長官のセリン・ラフィードだ。あれほど鮮やかなカナリア色の髪とラベンダー色の瞳は他に見たことがない。
知性的な切れ長の目には長いまつげが神秘を隠すようにおおい、筋の通った鼻は気高い意志を感じさせるように高い。静かに引き締められた品のある唇からは、神聖なる言葉を伝えるための穏やかで澄んだ声音が発せられる。その声が紡ぐ祈りの言葉は天からそそぐ光のように美しかった。
「美しさというのは容姿だけの問題じゃないんだよ」
思わずぼおっとなっていたレリアは我に返った。
「ほら、よく魔力の強い魔法使いは生まれたときに光を放つというだろう? 父はそれが人一倍強かったらしくて、太陽の宝石みたいだと言われたらしい。今でも、父のことを太陽の宝石とか太陽の君なんて呼ぶ人もいるくらいだよ」
リロウは自分の言葉に笑った。
「太陽というより鉄みたいだけど」
「顔は大理石みたいよね」
しわの一本まで、まるで彫刻家が彫ったみたいに端正で冷静な顔立ちをしている。たしかに子供のころは美少年だったのかもしれないとレリアは思いなおした。
「とにかく、その光が強すぎて、あまりのまぶしさに母親の目がつぶれてしまったそうなんだ。彼女はそのためにふさぎこんでしまい、どこかに身を隠してしまった。その強い光は実の父である王子からも気味悪がられ、持て余された父は川に捨てられることになった。そのとき、たまたま下流でボート遊びをしていたおじい様が父を拾ったんだ。巨大な真珠かと思った、とおじい様は言っていたらしいけど、その美しい輝きに感動して養子にすることを決めたらしい」
「へえ、そんな話はじめて聞いた。語り部たちが飛びつきそうな物語なのに聞いたことない」
「そりゃあ、庶子とはいえ、王子が見習いに手をつけたあげく赤ん坊を捨てたなんて話、王家の恥だからね。当然、秘密の話さ。他の兄弟たちの出生が知られていないのも、実はこのせいだろうね」
たしかに、「選ばれた子供」として注目を集める彼らのことを知りたがるのは当たり前のことだ。ところが、その出生や養子になった経緯はまったくといっていいほど知られていない。考えてみれば不思議なことだが、納得がいった。
「他の兄弟たちのことを知るなら、まず長男のヴァリム伯父様からでなければおかしいものね」
「そういうこと。それができないから、君のお父さんのことも謎のままなんだよね。もっとも、子供である君なら知っていると思ったのに」
「だって、そんな話してくれなかったから」
レリアは肩をすくめる。
「気にならなかったの?」
「だって……」
しかし、言い訳の言葉は思いつかなかった。
ふと、昔、父からもっと好奇心を持ってもいいと笑われたことを思い出した。あれは、父と母と三人で森の中を散歩しているときだったか……。
「そう言えば、父さんも母さんも森の中を歩くのが好きで、二人とも森の中で生まれたようなことを言ってた気がする」
「たしかに、二人とも妖精を手懐けるのが上手かったからね。レリは幼いころ、よく妖精にいたずらされていたよね」
「ずっと昔の話だから」
「でも、今でも妖精に好かれてるじゃないか」
ポケットから頭を出したシーに、リロウがビスケットをあげた。寝ぼけ眼のまま、シーは夢中でビスケットを頬ばりはじめる。
「ポケットに食べかすがこぼれちゃうでしょ」
レリアはシーをテーブルの上に置く。
リロウは無限にビスケットを頬張り続けるシーを面白がって次々に与え続けていた。ビスケットが空になると、シーは物足りなさそうにキィキィと鳴いた。
「そうだ。ちょっと、魔法の成果を見てあげようか?」
と唐突にリロウが言った。
「なんで? 今?」
何か嫌な予感を覚え、レリアは顔をしかめた。
「いいじゃないか。それに、僕もたまには外を散歩したいからさ、付き合ってよ」
レリアが返事をしないうちに、リロウは立ち上がると扉を開けた。
「素敵な場所を教えてあげるからさ」
と振り返って言う。
レリアは窓から外を見た。日がかたむきはじめ、物憂げな風が窓を叩いた。
振り返ると、すでにリロウはいなかった。
レリアはため息をついて立ち上がった。
そしてもう一度、窓の外を見た。




