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黄昏に落ちた魔法使い  作者: 花藤かえ


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第五話 ヴァイオレットムーン1

 グリーンヒルに来てから一ヶ月近くが経ち、レリアはすっかり疲弊していた。

 午後の個人授業からやっとのことで解放されると、永い眠りにつこうかとでもいうように談話室のソファに横になった。


「レリ、ちょっと大人っぽくなったんじゃない?」


 リロウがからかうように言った。

 彼はあいかわらず書庫から持ち出した黒い本を読んでいたが、想像以上に難解な文章らしく苦戦しているようだった

 レリアは横目でじろりとにらみつける。

 リロウは苦笑する。


「夏期休暇に入れば、オレリア先生も里帰りするんだろう? もう少しの辛抱だよ」

「こんなに待ち遠しい夏期休暇ってはじめてかも。そのまま一生、夏休みが続けばいいのに」

「今だって、休暇中みたいなものじゃないか」


 澄んだ瞳で笑うリロウを、レリアは信じられないものを見るかのように見つめた。


「リロウって休暇中いつも何してるの?」

「もちろん、本を読んでるよ」


 と当たり前の顔で返された。

 レリアは深くため息をつく。


「私、停学中なのに人生で一番勉強してる」

「でも、そのおかげでだいぶ上達したんじゃない?」

「それはそうだけど」

「レリは感覚派だからね。基礎をしっかり学べばもっと上達するよ」


 レリアは複雑な気持ちで眉をしかめる。


「父さんも母さんも魔法のやり方なんて教えてくれなかったから。魔法は好きに使えばいいって」

「たしかに、カラム叔父さんやリーラ叔母さんの魔法は不思議だったね。父には真似するなと言われたっけ」

「そうなの。学院で勉強するような呪文なんて聞いたことなかったし。変よね。母さんはともかく、父さんは博士号までとってるはずなのに」


 二人とも学院で学んでいたはずなのに、学院で学ぶような魔法を使っているところを見たことがなかった。そのことに気がついてレリアは首をかしげる。


「キアラン叔父さんが、カラム叔父さんは特殊だって言ってたことがあるよ。同じ呪文を唱えても何か違うんだって。でも、何が違うのか分からないって」

「たしかに特殊よね。ミレスアロナの大学院を出て掃除夫になるなんて前代未聞だもの」

「凡庸な魔法使いにはできないことだよ」


 リロウは楽しそうに言った。父のことを皮肉ではなく、本当に褒めてくれるのは、リロウとキアラン叔父ぐらいしか思いつかなかった。

 それと、母だ。

 母は娘から見ても呆れてしまうくらい父を敬愛していた。後を追ってしまうほどに。


「そういえば、聞いたことがなかったけど、叔父さんたちって、どこの生まれなんだい? 少なくとも王都育ちではないよね?」


 リロウに問われてレリアは首をひねった。


「どこだろう?」

「知らないの?」


 レリアはうなずいた。そんなことを気にしたことすらなかったのだ。


「どこかで迷子になっているときにおじい様に出会ったとは聞いたことがあるけど、それがどこかは知らないの」

「おじい様は子供を拾うのが好きだからね」

「でも、どうしておじい様に気に入られたんだろう? せっかく、学院にまで入れてもらったのに掃除夫になるなんて、おじい様はどう思ってたのかな?」

「そういうところが気に入られたんだよ、きっと」


 リロウは嫌みのない声で笑った。


「ヴァリム伯父様はどんなところがおじい様に気に入られたの? たしかに優秀ではあるけど……」


 レリアは生真面目な伯父の顔を思い出した。笑顔で談笑する姿など見たことがなく、いつも眉間にしわを寄せている印象しかない。


「父のこと、レリアはどこまで知ってるの?」

「王族の子供で、その才能を認められたって噂だけ」


 リロウは意味がありそうな表情で苦笑いを浮かべる。


「王族の、とはいっても王位継承権なんてあってないような、ある王子が王宮付き見習いに手をつけて生ませた子供が、父なんだ」


 衝撃的な事実にレリアは思わず身を起こす。


「でも、王子にはすでに許嫁がいたから、生むことを反対されたらしいんだけど、父の母、つまり僕の祖母は反対を押し切って生んだんだ。すると、誰も見たことがないくらい美しい赤ん坊が生まれた」


 レリアは今の伯父の姿を思い出した。

 アイボリーの髪には白髪が目立ち、額もずいぶん広くなっている。オリーブ色の瞳も用心深く沈みこみ、多忙のせいか落ちくぼんだ目のくまも日に日に深くなっているようだった。

 その伯父が美しい? とレリアは首をかしげた。

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