第一話 金の黄昏日2
悲しみまでもが落ちていきそうだった。
ふっと大切なものまで手放してしまいそうになったとき、レリアの胸元のポケットがごそごそと動いた。
まどろみから覚めたように、レリアははっとする。
「こら、じっとしていなさい!」
と強くささやいた。
ポケットの中から顔を出したのは青色の瞳をした妖精だった。イタチのような白く細長い胴体に、リスのような大きな尻尾。
妖精は寝ぼけ眼をこすると、きょろきょろとあたりを見回した。白い体が金色の光をあび、燃えるように輝いている。
「シー!」
レリアは妖精の名前を呼んだ。その名前は彼女が付けたものだった。
シーは、半年ほど前に亡くなった祖父の形見として相続したものだ。
祖父が亡くなった後に卵から孵化したという妖精は宮廷の魔法使いたちにも何の妖精か分からなかった。人に危害を与えるような様子はなかったものの、殻の中に閉じこもってずっと丸まっていた。
ところが、なぜかレリアにだけは懐いた。レリアが指先に花の蜜を乗せて差し出すと、白い妖精は一生懸命に舐めはじめた。そして、青い澄んだ瞳でレリアを見つめた。
そうして彼女が妖精を譲り受けることになった。しかし、遺産相続でレリアがもらったものはそれひとつだけだった。
シーはポケットから出てくると、レリアの肩の上にのぼり、黄金色に染まった景色を興味深そうにながめていた。いつも眠ってばかりで、目が覚めていても眠たそうにしているシーがこんなに興奮しているのを見るのははじめてだった。
レリアの体はすでに半分が落ちていた。足掻く気力ももう残っていない。
彼女は無邪気そうなシーの顔を見ると、
「シー、誰か呼んできてくれる?」
と聞いてみた。もちろん、本気ではなかった。
シーは人の言葉を理解しているのかいないのか、いまだによく分からない。黄昏の中でも鮮やかに輝く青い瞳でレリアの顔をじっと見つめていた。
その澄んだコバルトブルーはまだ実際には見たことのない海の色のようだと思た。だから、海という意味を持つ「シー」と名付けた。
シーが甘えるように体をレリアの頬にすり寄せた。
この子は、これがどういう状況なのか全く理解していないのだ、と思うと笑みがこぼれた。まだ赤ん坊なのだ。
あきらめの気持ちでため息をついた瞬間、体がずるりと落ちた。胸元まで一気に影の中に埋まった。
レリアは恐怖に包まれた。景色はまばゆいほどの黄金色なのに、心は飲みこまれていくたびに黒く染まっていく。
なぜ黄金色の光が「黄昏の影」と呼ばれているのか理解できたような気がした。これはこちらの世界の光を奪うものなのだ。そして、時間だけではなく、記憶も心も何もかもが奪われていくように、意識が遠のいていく。
――でも、母は微笑んでいた。
その後ろ姿がまぶたに浮かんだ瞬間、
「嫌!」
とレリアは叫んでいた。
その声に自分自身がはっとした。
残っているのは頭だけだった。この状況を誰かが見たら生首だと思うかもしれない。しかもその上に奇妙な妖精が乗っている。
でも、それを面白がって拾おうとしてくれる人がいるかもしれない。
なぜならここは、普通の魔法では満足できない魔法使いが集まる「魔法学院ミレスアロナ」なのだから。
「誰か、助けて!」
渾身の力で叫ぶと、それに応えるようにシーが頭上で甲高く鳴き声をあげた。
それは、黄金色の大気を切り裂く疾風のようだった。
レリアは空を仰いだ。
その瞬間、灰色の雲の隙間から青空を見たような気がした。いや、それは、海だったのかもしれない。
それは、シーの瞳と同じ色をしていた。
そして、記憶は途絶えた。




