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黄昏に落ちた魔法使い  作者: 花藤かえ


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第四話 グリーンヒル3

 清々しい自然の中、穏やかに過ごしていた二人だったが、謹慎中だということを思い出させたのは、オレリア・ハリドという女性だった。

 すらりと高い背に加え、ベージュの髪を頭のてっぺんで塔のように巻いているために、その先が天井につきそうになっていた。

 二人はあっけにとられてその頭を見上げた。彼女は赤錆色の瞳で二人を見下ろすと、


「今日からわたくしが、あなたがたの家庭教師を務めます」


 と笑顔も見せずに言った。


「家庭教師、ですか? 僕にも?」

「はい、お二人をしっかりと指導するように言われております」


 やはりニコリともしない。その有無を言わさない表情に、リロウも黙るしかなかった。

 挨拶もそこそこに、さっそく彼女は二人に課題を言いつけた。それは、「アルスの書」と呼ばれる魔法使いの心得について書かれた本をすべて書写しろというものだった。

 レリアとリロウは分厚い青表紙の本を苦々しげに見つめた。

 アルスの書は、ルオンディール建国当時、ミレスアロナの創設者のひとりでもあるアルス・トリメルスが学生のために書いた本だ。

 昔の学生たちはこれを暗唱させられたというが、いまでは、老齢な魔法使いたちがありがたがっている古くさい本という印象が強く、レリアは本を開いたことすらなかった。古書好きのリロウでさえ、「いまどきそんな古びた教育書を読んだところで……」と顔をしかめるほどだった。

 表紙をめくると、一頁めから小さな文字で堅苦しい文章が並んでおり、レリアはめまいを覚えそうになった。


「僕もこれをやるのですか?僕は……」

「もちろんです」


 オレリアはピシャリと言う。


「あー、実は僕、魔法書を開けない罰を受けているのです。本当に、残念ですが……」


 とリロウはぬけぬけと言う。

 オレリアがリロウをじろりと見下ろし、持っていた小さな杖で彼の手の甲を軽く叩いた。


「魔法を解きました」


 リロウは複雑な表情をした。


『魔道を学ぶ者は、素心に一路の清浄を知り、自心を天地に認め、本然となるを要す。すなわち、大空と同じくす。』


「ねえ、リロウ。これ、意味分かる? どこの言葉?」


 レリアがこめかみを押さえながらリロウを見ると、彼は神妙な顔をしてアルスの書に向かっていた。レリアの冷めた視線に気がつくと、


「てっきり、古くさい教訓が書いてあるだけかと思ってたけど、なかなかおもしろいことが書いてあるね。読まず嫌いはよくないな。もっと早く読んでおけばよかったよ」


 とうれしそうに言った。

 レリアは裏切られたような気分で肩を落とした。


「レリア・クラリウス。よそ見をしない」


 雷のような鞭が飛んできて、レリアは悲鳴をあげた。


 午後になってやっと書写から解放されると、レリアはぐったりとソファに背をうずめた。


「何が書いてあるのかさっぱり分からなかった」


 リロウは呆れたように振り返った。

「古文字にくらべたらずっと読みやすいじゃないか。使われている文字は今のものと同じなんだし。レリはもう少しちゃんと勉強したほうがいいな。上級生になるっていうのに。それじゃあ、勉強についていけなくなるよ。せっかくだから、僕が教えてあげようか?」

 レリアはビロードの柔らかな布に金糸の刺繍が入ったクッションを抱きしめながら、


「私はリロウみたいに優秀じゃないの」


 と言った。


「君は、すぐにそういうことを言うんだから」

「だって、本当のことだし」


 リロウはため息をついて、テーブルの上に置かれたビスケットを頬ばった。


「でも、君は芸術も運動も得意ではないし、他に……」

「私は掃除夫でいいの」


 さえぎられた言葉にリロウは顔をしかめる。そして、ビスケットをゆっくり租借して、ハーブティーで流しこんだあと、


「たしかに、毎日、礼拝堂の掃除をしているのは立派なことだと思うよ。だけど、他のことにも目を向けたほうがいいと思う」


 と言った。

 レリアは何か息苦しい感じを覚えた。


「別に、他に興味のあることなんてないし」

「部屋にこもって掃除ばっかりしているから、新しいことが見えないんだよ」

「部屋にこもって読書ばっかりしてる人には言われたくない」


 リロウは肩をすくめた。


「せっかく部屋をきれいにしたなら、新しい風もいれないと」


 レリアは黙っていた。リロウの言うことがもっともだと分かっていたからだ。でも、自分には何もない。掃除をすること以外には。

 彼女は背中を丸めてひざを抱えこんだ。

 うずめた額に、ふいに風があたった。顔を上げると、リロウが窓を開けていた。青々とした新緑が目にまぶしく、初夏のさわやかな風が部屋を通り抜けた。


「シーと散歩でもしておいでよ。ここは、緑も空気もとっても気持ちがいいから。そうだ、良いものがある」


 リロウは本棚から一冊の本をレリアに手渡した。手帳ほどの小冊子で、緑色に染めた表紙に、手書きで「雑草図鑑」と書かれている。


「これは、昔、おじい様が書いたものなんだ」


 中身を見ると、精細な雑草のスケッチが描かれていた。さらにその余白には、細かい説明書きがぎっしりと書かれている。


「手帳みたいなものらしいけど……ほら、こことか、草にまつわる思い出話なんかも書いてあって、なかなか面白いんだ」


 そこには、ハートの形をした草が描かれていた。その隣には、昔、旅先で出会った女性との思い出話がつづられていた。

 酒場で意気投合した美しい女性に、薔薇ととともにこの草を贈ったところ、彼女は突然憤慨し、祖父の頬を叩いて去っていったのだという。実は、その地方ではこの草はハートではなく、「お尻草」と呼ばれ、相手を追い出すときに投げつけるという風習があったのだ。

 レリアは吹き出して、大笑いをした。


「おじい様でもそんな失敗をするのね」


「そのお尻草はこのあたりにも生えてるから、探してごらんよ。もちろん、ここではお尻草じゃなくて、愛の贈り物なんていうロマンチックな名前だけどね」

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