第四話 グリーンヒル1
レリアとリロウは無期限の停学処分となった。
二人の謹慎場所となったのは、王都のすぐ東、グリーンヒルにあるヴァリムの別荘だった。
別荘とはいっても、木造の簡素な小屋で、その周辺は見渡すかぎりの草原。グリーンヒルという名の通り、緑の他には何もないゆるやかな丘陵が広がっていた。
「どうして、こんなところに別荘を?」
書斎も兼ねた談話室は一枚の絵画すらない簡素な部屋だった。原木から切り出してきたのであろう大きな一枚板のテーブルはずいぶんと古びており、その他の飾り気のない家具も自然に戻ることを待っているかのようにひっそりと置かれている。暖炉の上には茶色の斑点模様のある珍しい石の置物が並べられており、無骨な印象を与えていた。
おそらく、これも伯父の収集品の一部なのだろうが、レリアにはその良さが分からなかった。ただ、南向きの大きな窓からは緑の海原が一望でき、その景色は絵画のように美しかった。
「読書をするにはうってつけの場所だからだよ」
リロウは晴れやかな顔で言った。その笑顔は夏期休暇がはじまった子供みたいだった。
しかし、本来の夏期休暇は一ヶ月も先であり、そんなものはもう訪れない可能性もあった。
レリアはリロウののんきそうな笑顔に呆れて、
「うれしそうね」
と皮肉交じりに言った。
「もちろんだよ。思う存分本が読めるんだからね」
リロウは鞄の中から黒い革表紙の本を取り出した。
「もしかして、それ、書庫の?」
「こんなことなら、もっと持ってこればよかったな」
レリアはため息をついた。
「そんなことして大丈夫なの? 王宮勤めが出来なくなったらどうするの?」
リロウはきょとんとした。
「王宮勤め? いつ僕が王宮付きの魔法使いになりたいなんて言った?」
「でも、あなたの家はそういうお家でしょ? 伯父様は選ばれた子供の長男で、しかも、王族の出身なのだし」
「僕には関係ないよ。父の跡は兄さんたちが継ぐだろうしね」
「伯父様は許さないんじゃない?」
そう言うと、リロウは口をゆがめた。
「そうかもね。いっそ、キアラン叔父さんの養子にでもなりたいよ」
「へえ、リロウが詩人になるの?」
意地悪くレリアが言うと、リロウは嫌そうな顔をした。
リロウは魔法に関しては優秀だけれど、芸術的な才能はまったくなかった。特に、楽器を弾かせると、悪魔が逃げると言われるくらい壊滅的だった。
「……まあ、僕は本さえ読めればそれでいいんだけどさ」
「飽きたりしないの?」
「まさか。本の中には知らないことがたくさん書いてあて、新しい発見もたくさんある。つまり、本を読むことは宝探しをするのと同じことなのさ」
その宝が危険なものだったら? と思ったが、レリアはなぜか口にはしなかった。
「それより、この本を開いてくれない?」
リロウの持ち出した黒い本は、表紙に銀糸で細かい文字が刺繍されており、ダイヤモンドのような美しい宝石がちりばめられていた。
「まだ魔法がかけられてるの?」
「どうやらそうらしい。書庫の魔法書だけみたいなんだけどね」
と肩をすくめた。
レリアはずっしりと重い本を受け取った。手をかけると簡単に開いた。黄ばんではいるが丈夫そうな紙に直線的な文字が几帳面に並んでいる。
「まるで公文書みたいな書き方」
「そう言っても間違いじゃないと思う」
リロウは本が閉じてしまわないようにイチイの葉で作った栞を頁にはさむと、本の裏表紙を見せた。そこには、金粉を混ぜた赤いインクで紋章の判が押されている。
「これは、アルミニス家の紋章なんだ」
「アルミニス?」
「アルミニス家というのは、ルオンディール建国前に力を持っていたと言われる貴族のうちのひとつで、彼らはその美しい容姿のために精霊に気に入られ、「精霊に愛される人々」と呼ばれていたんだ。実際に精霊たちと親交が強く、古文字や魔法をたくさん書き残している。今残っている古代の文化的な資料はほとんどアルミニス家のものだと言ってもいいくらいなんだ」
「今は聞いたことのない名前だけど」
「そう、彼らは渦戦争の時に滅びてしまったらしい。だから、歴史書にも記録が残っていないんだ。もしかしたら、戦乱でもっと貴重な資料が燃やされてしまったのかもと考えると、残念で仕方がないよ」
建国史によれば、ルオンディール王国のあるこの場所はもとは「樹海のへそ」と呼ばれる魔法使いたちの集落の集まりでしかなかったのだという。
お互いに不干渉で暮らしていたのだが、集落内で力を持った貴族たちが内紛をおこすようになり、その火の粉が他の集落を引きずりこむようにして広がり、ついには全地域を巻きこんだ戦争へと拡大してしまったのだという。
そのときの争いを「樹海の渦戦争」と呼ぶ。
そして、戦いに勝利し、国を築いたのがルオンディール家だった。
彼らは魔法使いを育成することで圧倒的な戦力を得た。その機関がミレスアロナの前身だという。もう一万年以上昔の話だ。




