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黄昏に落ちた魔法使い  作者: 花藤かえ


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第三話 奇妙な遺跡1

 結局、レリアはリロウに説得されてしまった。

 リロウは見慣れない文字を使ってテーブルの上に魔法陣を書いた。

 その中央にシーを置く。シーは何も知らずにすやすやと眠っている。


「本当に大丈夫?」

「もちろんさ」


 レリアが念を押すと、リロウは自信満々の笑みを見せる。いや、壺を蛙に変えてしまったときも、同じように笑っていたのではなかったか、と思い出して逆に不安になる。


「さあ、ここに立って。さっき僕が言ったことを忘れないようにね」


 リロウはさっと黒い革表紙の本を懐にしまった。


「まさか、勝手に本を持ち出すつもり?」

「ちょっと借りるだけだよ」


 イタズラが見つかった子供のように、リロウは目をそらす。


「書庫の本は持ち出し禁止でしょ」

「これは実験だから。上手くいけばちゃんと返すよ」


 レリアはため息をついて横たわるシーの体をなでる。なめらかで不思議な触感が指先にぴりぴりと伝わった。


「ところで、ここを出たらどうするつもりなの? また戻るの? 家には帰れないでしょ?」

「セリン様のところにかくまってもらおうと考えてるんだ。セリン様は僕が古魔法を研究していることを理解してくれているからね。戻ってきてもいいけど、さすがにパンとハムとスープにはうんざりだからさ」

「でも、規則違反を見逃してくれるとは思わないけど」

「なんとか頼んでみるつもりだよ。レリも手伝ってよ」

「セリン様に迷惑をかけるなんてダメよ」


 レリアは苦々しく言ったが、リロウは古魔法を使うことに夢中で生返事をするだけだった。きっと、優しい司祭長官ならば匿ってくれるかもしれないが、はたしてヴァリム伯父にバレずに済むだろうか?

 レリアは何度目かのため息をつき、シーの体をなでながら様子を見守った。


「さあ、はじめよう」


 リロウは両手をこすり合わせながら深呼吸をする。

 レリアは緊張した。

 彼が唱えはじめた呪文は、不思議な響きを持つ歌のようなものだった。黒インクで書かれた魔法陣が金色の光をおびはじめる。

 レリアは脈が速くなるのを感じた。胸が締めつけられるように息苦しさを覚える。


「リロウ、本当に大丈夫なの?」


 しかし、当人の耳には届いてすらいないようだった。

 本棚や床に積まれた本がかたかたと揺れはじめ、その一角が崩れ落ちた。あんなにていねいに掃除をしたのに、埃が舞った。

 その振動と音にシーが目を覚ました。その白い体まで金色に輝き出し、シーは怯えたように周囲を見回した。


「大丈夫よ」


 しかし、レリアの声は震えていた。

 シーが澄んだ青い瞳でじっと見上げてくる。その色は澄んでいるのにとても深い。安堵と、その深さに不安を覚える気持ちとが波のように寄せては返していく。

 あっという間に金色の輝きは広がっていき、レリアの体も光に包まれた。


 ――まるで黄昏の影のようだ。


 その瞬間に細い針のような恐怖が心臓を刺し、レリアは胸を押さえた。

 シーがキィキィと鳴いた。

 リロウの呪文は続いている。その呪文はレリアの知っている言葉では表せない重なりあった音で反響している。

 もう、やめて――と叫びたくなった時、リロウが魔法陣に両手で触れた。


「レリ!」


 レリアははっとして同じように魔法陣に触れた。リロウにあらかじめ魔法陣に手をのせるように言われていたのだ。

 すると、足下から衝動が湧きあがった。まるで竜巻に巻き込まれたかのように激しい流れに体が投げ出されそうになる。

 何が起きたかのか理解できないまま、意識が肉体から追い出されたかのような浮遊感が襲った。

 体の中心が恐ろしく寒々として、心が凍るような恐怖に包まれる。

 しかし、その恐れに身を震わせる暇もなく、感情が流されていく。

 金色の光にレリアの意識は溶かされていった。

 一瞬、自分が分からなくなった。

 そのとき、キィ、キィと鳴き声がした。


「シー」


 その名を呼んだ。

 目の前の光が黄金色に膨らんだ。

 その一点に、白く輝く星のようなものを認め、レリアは手を伸ばした――


「……レリ」

「レリア!」


 はっと目を覚ます。

 リロウがレリアの顔をのぞきこんで、名前を呼んでいた。それが自分の名前であるということを思い出すまでに、ずいぶんと時間がかかった。


「大丈夫かい?」


 無理やり夢から引き戻されたかのように頭が重かった。

 レリアはゆっくりと身を起こした。

 そして、息をのんだ。

 そこはどこかの遺跡のようだった。

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