第二話 リロウと書庫整理6
キアラン叔父は偉大なる魔法使いの五番目の子供だ。彼もまた変わり者と呼ばれ、肩書きこそ宮廷詩人だが、いつも旅をしている。
葬儀には顔を出したものの、祖父の遺産相続の日にも王都に戻ってくることはなく、みんなを呆れさせていた。父の唯一の味方でもあった。
「そんな噂を信じてるの?」
「当り前さ。シーの正体を誰も知らないのが良い証拠だよ」
「でも、ドラゴンの遺跡なんて、ただのおとぎ話でしょ?」
「まさか!」
リロウは身を乗り出した。オリーブ色の瞳が宝石のように輝いていた。その中におとぎ話の都が眠っているかのように。
ここルオンディール王国には、何千年、いや、何万年もの昔、ドラゴンの治める都があり、その遺跡がこの国のどこかに存在するという伝承があった。しかし、それは公式の歴史ではなく、あくまでも物語にすぎない。絵本の中のおとぎ話なのだ。
「じゃあ、シーはドラゴンの子供だとでも言うの? ドラゴンだって伝説の生き物なのに」
レリアは笑いながら言ったが、何かが胸の中でちくりと響いた。
「昔話が好きなのはかまわないけど、おとぎ話と現実を一緒にしないで」
「おじい様が残したものだ。それが普通の妖精だとはレリだって思っていないだろう?」
リロウのまじめな顔に、レリアは口をつぐんだ。
それは、考えないようにしてきたことだった。もしも、危険な妖精だったなら、どうなるだろう? 少なくともレリアが世話を続けることはできなくなるに違いない。
「でも、そうなら、おじい様が何も言わずに残すわけない」
「でも、残された」
レリアは反論できなかった。
なぜ、祖父は妖精のことを誰にも何も言い残しておかなかったのだろう。祖父に長年仕えていた執事の老人さえ、卵について何も聞かされていなかったという。
「でも、だからと言って、ドラゴンなわけないでしょ。おとぎ話の生き物なんだから」
「僕はドラゴンの存在を信じてる」
リロウの瞳は茶化すことのできないほど、真摯な光を帯びていた。
彼が夢を語るとき、その瞳はいつもこのような輝きに満ちるので、誰もそれを馬鹿にすることができなかった。むしろ、その輝きに一緒に触れたいとすら思ってしまうことがある。
レリアはあわてて目をそらした。
「僕はドラゴンに会いたい。そのために、古魔法を研究しているんだ。どこかに隠れているドラゴンを見つけだすためにね」
「ドラゴンの遺跡に、今もドラゴンが棲んでいると思ってるの?」
胸のポケットからシーが顔を出した。
リロウはその首根っこをつまみ上げる。シーは食事の匂いを追って、キョロキョロと辺りを見回した。美しいコバルトブルーの瞳に、朝靄のような神秘的な白い体。それは毛でもなく、鱗のようにも見えない。
レリアは心臓が跳ね上がるような思いがした。あわててシーを奪い返すと、見つけられた宝物を隠すように手のひらで包みこむ。
「そうだよ。正直に言うと、シーを見るまでは自信がなかったんだ。ドラゴンはただの憧れでもかまわないと思ってた。けど、今は違う。おじい様は確かにドラゴンの遺跡に行ったんだ。やっぱり、ドラゴンはいるんだ。もしかすると、おじい様にドラゴンの血が流れているという話も本当かもしれないな」
リロウの白い頬が上気していた。その顔を見てレリアは不安に襲われた。
「でも、死んでしまったじゃない」
リロウははっと息を止めた。そしてうなだれた。
「そう、おじい様にちゃんと話を聞いておけばよかった」
「おじい様は職を辞してからは、旅ばかりしていたから、私なんて会った記憶すらないんだから」
両親の話によれば、赤子のときに会ったことがあるらしいが、当然覚えていなかった。
なぜ、父を選んだのか、父が選んだ道のことをどう思っていたのか、自分も聞いてみたかった。
「なぜ、あれほどの人が隠居なんてしてしまったんだろう?」
リロウはひとりごちた。
「……王宮の仕事にうんざりしたからじゃない?」
レリアの言葉にリロウは顔を上げ、
「たしかに、父もうんざりしてるみたいだ」
と笑った。




