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第九話 塩の道と、血の教え



◇ ◇ ◇



「兄上!あそこに小さな小屋があります。行ってみましょう!」

「ホントだね。使用人棟の近くだから、管理人の小屋かな?行ってみようか」

「自分達の屋敷なのに、行ったことない場所があったなんて驚きです」


 上質な仕立ての服を着た空色の髪の美しい兄弟が、賑やかな声をあげて歩いている。

 兄は10歳くらい、弟は6歳くらいだろうか。

 子供達は未知の場所を発見して大興奮している。


「ユリシス様、クロード様いけません!そこは立ち入り禁止の場所です」


 二人の後を使用人が慌てて追いかけている。


「えーなんで?僕たちの家なのに行ってはいけな場所があるなんて、よくわからないよ」

「そうだね。どうして駄目なの?」


 兄のユリシスが使用人に問う。


「アマリリア様からあの場所は危険物を保管しているから入ってはいけないと言われております」

「母様から?…なら仕方ないか」


 ユリシスは少し考え、弟であるクロードに声をかけた。


「アマリリア母様が行ってはダメというくらいだから、今の僕たちには危険な所なんだろう。今回は諦めて、次は許可を取ってから冒険してみよう」

「えー……残念だけど、母様が言うなら仕方ないかぁ」 


 兄弟は使用人に促され、本邸へと戻っていった。


 小屋のそばでは身を隠すように、メイド服を着たアルルは兄弟の会話を聞いていた。


『…アマリリア様はこれで満足なのかしら』


 二人の気配が消えたのを確認し、アルルはコテージの庭掃除を再開した。




◇ ◇ ◇




 港町リュシアを離れると、潮の匂いは少しずつ薄れていった。

 代わりに、乾いた土の匂いと、麦畑の青い匂いが風に混じる。

 石畳はいつの間にか途切れ、踏み固められた街道になる。

 荷車の車輪が、ゴトン、と小さく跳ねた。

 ハナはそれでも文句一つ言わず、白黒の尻尾を揺らしながら進む。


 「……頑張ってるわね、ハナ」


 アルルが声をかけると、ハナはフン、と鼻を鳴らした。

 返事なのか、ただの鼻息なのかは分からない。

 クロノはそれを見て面白そうに笑った。


 「ハナはえらいね」 


 そう言って、荷車の脇とハナの周りをちょこちょこと歩く。

 クロノの旅服はまだ少し大きいが、昨日より幾分か足取りが軽い。

 ここ数日食事をきちんと食べているからだろう。


 「……あの子たちもこんなだったわね」


 自分に言い聞かせるように呟くと、クロノがきょとんとした顔を向けた。


 「アルルさんどうかしたの?」

 「なんでもないわ。それよりクロノ、まだたくさん歩かないといけないんだから、体力は温存しておきなさいね。ハナは逃げないから」

 「はーい」


 アルルは笑って、前を向いた。



◇  ◇  ◇



 街道は「塩の道」と呼ばれていた。

 リュシアから内陸へ、塩と干物と香辛料が運ばれていく道。

 行商人や護衛がよく通るらしく、すれ違う荷車も多い。

 午前のうちに、二組の旅人とすれ違った。

 一組は荷を積んだ商人の一団。

 もう一組は、武器を持った護衛らしい男たち。

 アルルは邪魔にならないよう、道の端へ寄る。こういう場合は人数が少ない方が道を譲るのだ。

 相手の何人かはちらりと白黒のハナを見て少しだけ目を丸くしたが、それ以上は何も言わず通り過ぎていった。


 「……ハナはやっぱり目立つわね」

 「うん。目立つけどカッコいいね」


 ハナはブン!と珍しい鼻息を吐いた。

 どうやら不機嫌そうだ。


 「ハナは女の子だから可愛いの方が喜ぶんじゃない?」

 「あ、そっか!ハナかわいい!」


 クロノがハナの横腹をそろりと撫でると、ハナはフスンと答えるように鼻息を吐いた。

 少しは機嫌が良くなったようだ。

 

 「ハナって人の言葉がわかるのかなぁ」

 「どうかしら?でもなんとなくわかってるように見えるわね」


 アルルはこれからの長い旅の相棒を撫でた。

 ハナは目を細め、撫でられるがままにしている。


 「さあ、もう少ししたら昼休憩出来そうなところに着くから、それまて歩くわよ」

 「うん」


 二人と一頭は、ゆっくりと先に進み始めた。



◇ ◇ ◇



 昼前、街道沿いの小さな休憩所に辿り着いた。

 井戸と、簡素な屋根と、木のベンチ。

 国が設置しているのか、その地の領主なのか分からないが、こういった旅人のための場所が所々に作られている。

 とてもありがたい場所なので重宝する。

 アルルは荷車を木陰に止め、クロノに声をかけた。


 「休憩しましょうか。水を汲んでくれる?」

 「うん」


 クロノは桶を持ち、井戸へ向かう。

 腕の力がまだ足りないのか、ロープを引く手が少し震えている。

 それでも、なんとか頑張ってに水を汲み上げた。


 「汲んできたよアルルさん」


 誇らしげに言うのが可愛くて、アルルは頷いた。


 「えらいわね。じゃあ、これを飲める水にするわね」


 アルルは指先から魔力を流し、水を清める。

 澄んだ匂いが、ふっと立った。

 クロノは目を輝かせた。


 「わあ、何回見てもすごい」

 「すごくないわよ。ミグラスの民なら大体の人が出来るわ」

 「そっか…」

 「クロノは多分黒の国の民だから、何に適正があるのかはわかりづらいのよね」

 「そうなの?」


 アルルは頷く。


 「魔力って魔法に直結しているものではなくて、人によっては身体能力とか知力に影響する物なのよ。私は魔力が少し高いけれど、魔法はほとんど使えないの」


 そう言った後、ちょっと難しかったかしらとクロノの様子を伺う。


 「女神様はそれぞれ補って生きて行くようにって、四大魔素を四つの国に分けたんだよね」


 水の国ミグラスは水

 炎の国ファーティマは火

 風の国ミクシリディアは風

 大地の国マウリヤは土


 リブラ大陸ではそれぞれの国がその色を持ち、その力に特化している。


 「ええそうよ。クロノは物知りなのね」

 「婆ちゃんが時々貸本屋で本を借りてきてくれてたんだ。それで知ったよ」

 「本読むの好きなの?」

 「うん、本は高いからいつかお金を貯めて買いたい」

 「そう…もう目標があるのね。クロノは偉いわね」


 流されるまま生きてきたアルルにとって、クロノの発言には感心した。


 「そういえば僕はどうなの?僕は何が出来るの?」


 クロノは真っ直ぐアルルを見た。

 純粋な興味の目。

 漆黒の瞳がキラキラと光って見える。

 アルルは遥か昔に習った知識を総動員して答える。


 「黒の国の女王様は世界の均衡を保つ為の浄化の力と、全属性の魔法を使えるのだけれど、民はそれぞれ適性が違うと聞いているわ」

 「じゃあ例えば僕が風を起こす魔法が使えたりするってこと?」


 飲み込みが早いなとアルルは頷いた。


 「黒の国の民も何かの属性を所持しているのだけど、黒は何色にも染まらないから、力が発露しないと何なのかは分からないのよね」

 「そうなの?」

 「魔力が強い方の血を引くの。魔力は血と色に宿る。だけど黒を持つ人は何を継いでいるのかわからないから、力の発露を待つしかないのよ」


 わかるかしら?とクロノを覗き込んだ。

 クロノはしばらく視線を彷徨わせていたが、やがてアルルを見て頷いた。


 「わかった。僕が何の力を持っているか分からないけど、勉強したいから頭が良くなる魔力だといいなぁ」

 「水飴が沢山売れたら、いつか本を買ってあげるわ」

 「ホント?」

 「ええ、だから沢山売るために体力つけないとね。早くご飯を食べちゃいましょう」

 「はーい」


 アルルはカバンからパンを出し、硬いパンを薄切りにしたものに干し肉と薬草を挟み、簡易サンドイッチを作った。

 洗浄した水に栄養補給も兼ねて水飴を少しとかすと、クロノに手渡した。


 「そろそろ串焼きが食べたいわね。小さめの魔獣が出てきたら狩っちゃいましょう」

 「アルルさん討伐もできるの?」

 「ええ、魔法よりも剣の方が得意なの」

 「アルルさんってなんでもできるんだね」

 「そんな事ないわよ。クロノより長く生きてるってだけ」


 そう言ってアルルは簡易サンドイッチに齧り付いた。

 旅人がよく食べるもので、保存が効くしそこそこ美味しく手軽なので人気なのだ。

 クロノはもう食べ終わったようで、ハナのために近くに生えている草をちぎってはハナに向けて放っている。

 食べ終わった頃、休憩所に一台の荷車が入ってきた。

 細身の馬が引く、古い幌馬車。

 御者は年配の男で、顔色が少し悪い。

 男は荷車を止めると、ふう、と大きく息を吐いた。

 そしてアルルの荷車の白黒を見て、少し驚いたようだ。


 「目立つロバだねぇ……旅の人かい?」

 「ええ。水飴の行商です」


 アルルが答えると、男は目を瞬かせた。


 「水飴?…珍しいな」

 「薬草入りの水飴を売りながら旅してるんですよ。今はほんの少しだけ疲労が回復するものと、頭痛と風邪にほんの少しだけ効果がある水飴です」


 言いながらアルルは、瓶を一つ取り出した。

 貝殻混じりの不透明な瓶ではなく、普通の中身が見えやすい透明な瓶。

 売りやすいようにサンプルとして用意しているものだ。

 中の琥珀色がよく見える。

 男はじっと瓶を見た。


 「実は……昨日から頭が重くてな。薬草屋を探す元気もなくて困ってたんだ」


 これは商売の良い機会だとクロノを探したが、肝心のクロノはハナに身を隠して様子を伺っている。

 知らない大人に近づかれるのは少し怖いのだろう。

 大人に捨てられたクロノはまだ少し引っ込み思案になっているようで、特に男の人の場合はハナの後ろに隠れるようにしているようだ。


 「即効性があるわけじゃないですけど、少しだけ試しますか?」

 「ああ、頼む」


 頭痛に少しだけ効果のある水飴を木匙でほんの少量を差し出すと、男は慎重に舐めた。

 しばらく目を閉じ、それからふっと息を吐く。


 「……薬草入りにしては苦味がないな。それに、頭痛が少し楽になった気がする」

 「甘味でリラックスも出来ているからかもしれませんよ?」


 気のせいかもしれないが、長い旅の間で少しでも楽になったと思えるのは大事なことだ。

 旅は気力も必要なのだ。

 男は懐を探り、言った。


 「三本売ってくれないか。一本いくらだい?」

 「一本、十五ゴールドです」


 男はすぐに頷いた。


 「薬草屋で薬を買うよりは安いな。助かるよ」

 「全部頭痛のにしますか?それとも一つは疲労回復にします?」

 「そうだな、姉さんの言う通り頭痛のを二本、疲労回復を一本くれ」


 言いながら、男は四十五ゴールドを差し出した。 アルルは瓶を渡し、丁寧に頭を下げる。


 「ありがとうございます」


 男は受け取った瓶を大事そうに布で包み、幌馬車へ戻った。

 去り際に振り返って言う。


 「姉さん、どこへ向かうんだい?」

 「今の所駆け出し行商人なので、近くの街をあちこち回って売れそうな場所を探す感じですね」

 「なるほどね。姉さんのロバ目立つからひょっとして噂になるかもな。どこかでまた会うったらまたよろしくな」


 そう言い残して、幌馬車はゆっくりと出ていった。

 アルルは手の中の四十五ゴールドを売上袋に入れた。


 「ふふ、また売れたわね」


 幌馬車が去ったのを確認したクロノがパタパタと近寄ってきた。


 「アルルさんの水飴、また売れたね」

 「次はクロノも手伝ってね」

 「うん、次こそは頑張る」


 街道を旅する間、そこそこの本数の水飴が売れたのだ。

 街に着いたらギルドと宿を探し仕入れや売り上げ確認など色々やることがある。

 余裕が出来たらクロノに本も買ってあげたい。


 水飴売りアルルの荷車は、コトコトと音を立てながら、次の町へ向かって進み始めた。



ちょっと説明が長くてすいません。

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