第八話 証の石と、新たなる旅立ち
『レイフ様、おめでとうございます。空色の髪のお子様が生まれましたよ。先程目を開けられましたが、綺麗な空色でしたわ』
『ああ、ありがとうアマリリア。妻の具合はどうだ?会って労いたいのだが』
『アルル様はまだ体調が優れない様子で眠っておられます。産後の奥方に無理をさせてはいけませんわ』
『そうか…長男の時も何の労いの言葉もかけていないのだ。回復したら知らせてくれ。何か贈り物を用意しておこう』
『かしこまりましたわ。必ずお知らせします』
アルルはドア越しから聞こえてきた夫とその愛人アマリリア嬢の会話を静かに聞いていた。
赤子のぐずる声がする。
一度しか抱いたことのない私の子。
乳をやることも叶わない胸は、張り裂けそうなくらいに痛む。
また、取り上げられるのか。
◇ ◇ ◇
証の石。
生まれた場所や両親、婚姻歴や懲罰などある程度の自分の人生が刻み込まれる身分証のような石。
これは貴族平民関わらず、大陸全土の人間が、生まれた時から持っているもの。
出生児に赤子の手に握らせ、その瞬間から肌身離さず持つことになるのだ。
その石の原石は黒の国にあり、各国へ輸出される。
国民の管理に役に立つ為、大陸中の国が採用しているものである。
石は、自分の好きな形で身につけることができ、アンクレットにする者やピアスにする者、アルルはペンダントトップとして肌身離さず首にかけている。
出発前にギルドを訪ねたアルルは、ウルリカに促され、受付カウンター側にある透明で大人の体半分くらいの大きさの認証石に、自分の証の石をかざした。
アルルの石は自身の色と同じ空色だ。
石達が共鳴するかのように光る。
少しして光は消えて、ウルリカが紙に何やら書き込みながら頷いた。
「……うん、ミグラスのゴルゴタ子爵領出身者、懲罰歴なし、確認できたわ」
「確認はそれだけでいいの?私は……」
「大丈夫。ギルドが確認したいのは出身地と名前、犯罪者じゃないかっていう点だけ。それ以外は必要じゃないからギルドは深掘りはしないのよ」
知らない方が良いこともあるしね、とウルリカは書き込んだ紙を確認して、引き出しにしまう。
「アルルさんは行商人と冒険者でちゃんと登録してされたわ。商人としての経歴や売上なんかも記録してくれるから、ギルドにはこまめに寄った方がいいわよ」
「何から何まで本当にありがとう」
近くでその様子を見ていたクロノは、カウンターに身を乗り出した。
興味津々なのか、目を輝かせて食い入るように認証石を見ている。
そのクロノだが、アルルから服を買ってもらったので、朝からご機嫌のようだ。
少し大きめで頑丈な作りの旅人御用達の服を嬉しそうに着ている。
「ねぇアルルさん、僕その石持ってた」
クロノは昨日からキチンと食事を与えられているおかげか、体はまだ細いが、心は大分元気になったようだった。
クロノはアルルの取り出した石を指差した。
「そうなの?どこかに落としたの?」
「ううん、婆ちゃんの親戚の子供に取られた。随分前だからもう無いんじゃないかな。あれが僕の証の石だったんだね」
僕の石は黒く光る石だったんだと、クロノは少し悲しそうに話をした。
持ち主を無くした石はやがて色を無くし、ただの石ころとなる。
おそらくその親戚の子は、この辺りでは珍しい黒の証の石を珍しがり手に入れたはいいが、やがて輝きをなくした石に興味を無くしたのだろう。
かなり時間も経っていそうだし、クロノの存在を証明する石はおそらくもう無い。
新しい証の石は早朝すぐに教会で貰った。
今はアルル同様、クロノもペンダントトップとして身につけている。
クロノは時々取り出してはニコニコと石を眺めている。
今はまだ透明なその石は、やがてゆっくりと黒く染まっていくのだろう。
◇ ◇ ◇
宿へ戻ると、部屋の空気はほんのり甘かった。
水飴の匂いだ。
瓶の列は整い、紐の赤が揃っている。
アルルは荷物を一つずつ確認していく。
薬草の袋は、今日採ってきた分でだいぶ膨らんだ。
出発は明日――忘れ物が無いか確認していく。
連れが一人と一頭増えたので、さらに増えた荷物をなんとか鞄に詰め込んだ。
部屋の隅で、クロノも昨日買い与えた旅行用鞄の中身を確認していた。
下着や石鹸、包帯などを一つ一つ真剣に確認する姿はなかなか可愛らしい。
昨日ボロボロのクロノを公衆浴場へ連れて行き、自分で体を洗わせている間にアルルは色々とクロノの為の服や下着などを買い集めた。
資金は幸い女神様のお土産意匠瓶が売れたので、それを使った。
なかなかに良い値段で売れたのが幸いした。
また良さそうな意匠瓶を旅先の街で見つけたら仕入れておかないと。
とりあえず普段着と下着は必要だ。
「あら、随分綺麗になったわね。服は…ちょっとブカブカだけどまぁあいわね」
「あの、アルルさん。ありがとう」
「良いのよ。クロノはこれからロバのお世話係として旅をするんだから、これくらいは当然のことよ」
「うん」
汚れを落としたクロノは可愛い顔をした子供だった。
先程までは怯えた表情をしていたが、腹は膨れ体も綺麗になると、どうやら安心してきたらしい。
「でもいいの?私が勝手に決めちゃったけど、クロノはここで育ってきたんでしょう?ここに居たかったらなんとか方法を考えるわよ」
アルルはクロノに確認をするが、クロノはぶんぶんと首を振った。
「いいんだ、もう家族だった婆ちゃんはいないし、僕はこの街だと少し浮いてるから、出来れば僕と似た人がいる所に行きたい」
港町リュシアはミグラスの領地だ。
港町だけあって色んな国の人々が住んでいるが、人口はミグラスの人が多く、主に水色の色彩の人間が大半を占めるので、あまり国外に住むことがない黒の国出身者は珍しく、黒髪の持ち主クロノはとても目立つのだ。
「分かったわ。それならこの後クロノの旅服を買って、宿に戻って早めに寝ましょう。たくさん歩くから、体力は温存しておかなきゃ」
「わあ、ありがとう!僕頑張るよ」
その後、屋台で果物を買い、明日からの旅に備えて早めに寝ることにした。
◇ ◇ ◇
翌朝。
港町はいつも通り賑やかだった。
よく晴れた賑やかだか爽やかな朝。
――旅立ちの日。
アルルはクロノを連れ、ハナの元へ向かった。
白黒のハナは遠くからでもとても目立つ。
今日も草を食べ、鼻をひくひくさせている。
アルルはハナのそばにいた家畜商の男へ礼をする。
「ハナのお世話に荷車まで、ありがとうごさいました」
「姉さん、いよいよ出発かい」
「ええ。今日出発します」
「こいつ、本当に道草食うから気をつけなよ。……あとは、まあ頑張れ。姉さん剣の腕も中々そうだけど、旅は何があるかわからねぇからな」
「はい、気をつけます」
荷車は点検され、綱も締め直されていた。
アルルは世話賃を払い、最後にもう一度頭を下げる。
荷を積む作業は、クロノにも手伝わせた。
瓶を包む布。
雑穀の袋。
鍋。
薬草。
クロノは最初ぎこちなかったが、途中から妙に手際が良くなった。
「……慣れてるのね?」
アルルが聞くと、クロノは小さく頷いた。
「屋台……手伝ってたから」
「そう」
10歳に満たない子が半年とはいえ1人で生きてきたのだ。
貴族として育ったアルルにはわからない苦労があったのだろう。
まずは旅の道すがら、細い体つきのクロノを健康体にしなくては。
すべて積み終えると、アルルは最後に、魚の意匠瓶に気がついた。
アルルは素敵な意匠瓶だと思うのだが、何故か不評らしく売れ残った。
こんなに生き生きとした魚の瓶なのに不思議だ。
アルルは魚の瓶を大事に布に包んだ。
次の街できっと売れるはず…多分。
準備はできた。
ハナの手綱を握る。
ハナが鼻を鳴らす。
クロノは荷車の脇に立って、街道の方を見ていた。
「……それじゃ、行こうか」
「うん!」
アルルが言うと、クロノは一拍遅れて頷いた。
リュシアの石畳を、荷車を引いた白黒のロバがコトコトと進む。
1人でたどり着いた港町だけリュシア。
出ていく時は2人と一頭になった。
駆け出し水飴売りアルルの旅は、いつの間にか賑やかになっていた。
魚の瓶は、ものすごくリアルなので気味が悪いという理由で、以降売れるのに時間がかかります。




