第七話 川沿いの森と小さな影
魔力は血に宿る。
例えばアルルの生まれた水の国ミグラスは、国王や王族、魔力の高い貴族の髪の色、瑠璃紺色を頂点とし、瑠璃、空、水色と魔力の保有量にともなう髪と目の色をしている。
色が濃ければ濃いほど強いのだ。
他の国も準ずるものである。
ただ、魔力を保有していても、皆が皆強力な魔法を使えるわけではなく、魔力は体力や知力に発揮する者もいる。
アルルは子爵家でありながら、なかなかに強い魔力を保有する空色の髪の毛を持っていたため、血統を重んじる貴族社会の例に倣い、薄い血の伯爵家を底上げする為に嫁いだのだった。
しかし、本当の意味で血を繋ぐためだけに嫁ぐ羽目になるとは思ってもいなかった。
アルルは確かに血を繋いだ。
伯爵家の血を2人。
◇ ◇ ◇
翌朝、港町リュシアは霧が薄くかかっていた。潮の匂いが少し湿って、石畳もどこか冷たい。
アルルは宿の部屋で、昨日買った頑丈な瓶は、ずらりと並べていた。
一応ひび割れなどがないか、水飴を入れる前に確認をしておくのだ。
少し熱を持ったまま飴を流し込むので、ヒビが入っていたらすぐに割れてしまって、せっかくの水飴を無駄にしてしまう。 耐久性を上げるという貝殻の粉が混じった瓶は不透明で、ほんの少しざらりとした手触りだ。
全部の瓶を確認した後、夜更かしして作った飴を流し込んでいった。
もちろん、女神様と魚の意匠瓶にも水飴を入れた。
透明なガラス瓶の中に入る琥珀色の液体が、意匠をより際立たせてなかなかなものだ。
少し奮発したお土産として売れることを期待したいところだ。
水飴を全部詰め終え、作った日付が分かるように瓶の首に赤い紐をくくりつけた。
長期保存が効く水飴だが、いつ作ったものかは把握してために思いついた方法だ。
作業が終わると、アルルはウルリカからもらった案内を開いた。
採取可能エリア。
街の外れの丘。
川沿いの森。
手持ちの薬草が全くなくなったので、残りの滞在日は雑穀の買い付けと薬草採取に専念する事にした。
「街の外れとはいえ、そんなに距離はなさそうね。ツユサが生えていると良いんだけど」
風邪や頭痛は誰でもかかるもので、予防するに越したことはない。
ツユサは風邪予防の薬効が強いので、疲労回復のキクイを主原材料とした薬効水飴に加えてこちらも作り、扱う種類を増やしておきたい。
ミグラスは水の国と呼ばれるだけあって、水源が豊富だ。
生まれ育った環境もあり、水辺の気配は落ち着く。 それに、ツユサが花をつける今の時期なら、川辺の方が見つけやすい。
腰に剣を差し、採取袋と紐、布、そして小さなナイフ、薬草でハーブティーを飲む為の小鍋、硬いパン、水飴を入れた。
別の袋に女神様と魚の瓶を入れ、ギルドに預けて採取に向かう。
宿を出ると、港の喧騒が背中に遠ざかっていった。
少し歩けば、もう町の外れだ。
◇ ◇ ◇
川沿いの森は、思っていたよりも静かだった。
水音が絶えず耳に入り、風が木々を揺らす。
土は柔らかく、踏むたびに湿った匂いが立った。
アルルは足元を見ながら歩く。
アルルが使う薬草は、雑草に分類されるので、街中で民家の庭やあちこちに群生していることが多い。 それを使っても良いのだが、綺麗な水辺に生えているものの方が薬効が高く、品質も良いので時間がある時は出来るだけ水辺の薬草を採取する事にしている。
しばらくして、淡い青紫の花を見つけた。
ツユサだ。
「……あった」
花がついている。
この時期のものは、確かに香りが強い。
根を傷つけないように、必要な分だけ採る。
来年もここに生えるように。
次に、木陰の湿った場所を探してクチキを見つけた。
こちらも少量だけ。
採取袋が少しずつ膨らんでいく。
「これで……しばらくは大丈夫かな」
そう思った時、森の奥の方から、かすかな音がした。
枝が折れる音。
獣とは少し違う軽い足音が聞こえた。
アルルは足を止め、剣の柄へと手を伸ばす。
音は近づいてくる。
慎重に、ゆっくりと。
木の影から出てきたのは――子どもだった。
髪が黒い。
服は薄く、汚れている。
頬はこけ、目だけが妙に大きい。
子どもはアルルを見るなり、びくりと震えた。
逃げようとしたが、足がもつれてその場に座り込む。
「待って」
アルルは声を落とした。
怖がらせないように、できるだけ柔らかく。
「こんな所にどうしたの?迷子かしら?」
そんなわけ無い姿の、怯えた子供が逃げないように声をかける。
子どもは唇を噛み、何も言わない。
ただ、アルルの腰の剣を見ている。
アルルは少しだけ距離を取るため後ずさった。
「私は冒険者よ。あなたは獲物じゃないから安心して」
アルルはできるだけ優しい表情を作り、剣を鞘に納めた。
だが、子どもはぶるぶる震えたままだった。
アルルは保護してギルドか警邏に引き渡すべきかと考えていた。
ふと、子どもの腹が鳴った。
「お腹空いてるの?」
「…………」
子供は俯いたまま動こうとしない。
どうやら本当にお腹が空いているようだ。
アルルは採取袋とは別の荷袋から、水飴の瓶とパンを取り出した。
「ちょっと待っていなさいね」
アルルは薪を集めて携帯小鍋に水を入れ、火にかけた。硬いパンをちぎり入れ、先ほど摘んだ薬草と、水飴を入れて煮込む。
ドロドロになったお粥を木の椀に入れ、木の匙を差し込んで子供に差し出した。
子供は恐る恐る受け取ると、木の匙を持ち、アルルの方を警戒しながらゆっくり口に入れた。
しばらくばゆっくり食べていたが、空腹に耐えかねたのか、かき込むように食べ始めた。
アルルはその様子をじっと見る。
服も汚れてボロボロだし、体つきも細すぎる。
などと観察をしていると、どうやら足りないらしく、子供はアルルをじっと見つめている。
「まだあるからゆっくり食べなさい」
子供は鍋が小鍋が空になるまで食べた。
ひと心地つき、お腹が満たされた子供は少しウトウトしているようだった。
寝てしまわないように話しかける。
「……名前は?」
問いかけると、子どもはしばらく黙っていたが、やがて、小さな声で答えた。
「……クロノ」
聞こえるか聞こえないかの声だった。
「クロノというのね。私はアルルよ。ところで、ここで一体何をしていたの」
クロノは視線を逸らし、ぽつりと言う。
「……食べるもの、探してた」
「そう…」
森で薬草を採って帰るつもりだったが、この子を放置するわけにはいかなそうだ。
見たところかなりの衰弱具合だ。
放っておいたら…
「1人なの?ご両親は?兄弟はいるの?」
クロノは首を振った。
ペインズ領の農民に世話になっていた時子供も仕事をしていたが、ここまで細くてボロボロの子供は見たことがない。
親も兄弟もいないらしい。孤児なのか。
アルルは少し考えた。
旅人の私がこの子に踏み込む必要はない。
けれど、このままここに置いて帰るのも人としてどうかなと思う。
「……とりあえず街まで送るわ。家はあるのよね?」
子供はまた首を横に振った。
参った、本当に家無しの孤児らしい。
こういう場合は教会にお願いすれば良いのかしら?
少なくとも魔物が出る可能性のあるここに、こんな弱々しい子供を放置しておくらげにはいかない。
「とりあえず町まで連れて行ってあげるわ。
それから今後の事を考えましょう」
アルルが小鍋を洗い、荷物をまとめると、子供に共に歩くよううながした。
子供は頼りない足取りで、アルルの少し後についていった。
◇ ◇ ◇
「あら?この子クロノじゃない?どうしたのそんなに薄汚れて。ガリガリじゃないの」
保護する場所がないか聞くため、アルルはクロノと共にギルドへ向かった。
どうやらウルリカはクロノの事を知っているらしい。
「この子1人で山にいたのよ。親も兄弟もいないって言うから、どこか保護する所を教えてもらおうと思って」
「あれ?クロノ確か小物屋のお婆さんと一緒に住んでなかった?」
確か何度か老婆の作る布を委託するついでに顔も出していたような…とウルリカは言う。
「お婆さんは半年前に亡くなったって聞いたけど、クロノは親戚に引き取られたんじゃなかった?」
「…僕は婆ちゃんに赤ん坊のとき拾われて育ててもらってたんだ。婆ちゃんが死んだ後は僕は家族じゃないからって追い出された」
クロノはか細い声でポツポツと話した。
「それから屋台とかバザーの手伝いで食べてたんだけど、最近は"証の石"を持ってないからら身元がわからないやつは雇えないって言われて…」
「あーなるほど、クロノ捨て子だったね確か」
ウルリカはウンウンと頷いた。
「証の石で思い出したけど、アルルさん行商人登録と、冒険者登録まだしてないでしょ。ウチのギルドでも出来るからやっておいた方がいいよ。」
「あ、確かにそうね」
アルルは胸からペンダントを取り出した。
アルルのペンダントトップが証の石になっている。
そもそも証の石とは、生まれた時に誰にでも与えられる石で、持っている魔力を少しずつ吸収しながら生きていた情報を刻むみこむものであり、身分証明書のようなものだ。
婚姻や商売を始める時、そして冒険者として登録する時に犯罪歴の有無などが分かるもので、これを持たない者の行動はかなり限られる。
孤児など最初から持たないものは、教会で石をもらい、おおよそ1年くらいかけて魔力を刻み込みながら、自身の情報を大まかに遡る事ができる。
「クロノは天持ってなさそうだね。てっきりお婆さんが手続きしたと思ってたよ」
「そんな石あるの初めて聞いた」
「教会で預かってもらえないんですか?」
アルルは訪ねるが、ウルリカは渋い顔で返事をした。
「教会は10歳までしか預からないの。教会にいる間魔法や仕事なんかを教えてもらうんだけど…クロノもう10歳よね?」
「うん…行ってみたけどダメだったんだ」
10歳。
残してきた血統。
同じ年。
関わる事が出来なかった私の。
「クロノ、ちょっと話があるんだけど」
◇ ◇ ◇
「まさかアルルさんがクロノを引き取るとはねぇ」
ギルドの受付で、ウルリカが帳簿をめくりながら感心したように呟いた。
「予定外にロバを買ったから、面倒見てもらうついでに連れて行こうかなって。それに」
「?」
「クロノは多分黒の国出身でしょう?わたしの目的地もそこだから、もしかしたら親族がいるかもしれないし」
「なるほどねぇ。アルルさんってお人好しね」
「そんなのじゃないわ」
アルルはふと思いを馳せる。
私に似た空色の髪と目の小さな命。
一度しか抱く事が叶わなかった命とクロノは同じ年だ。
ただそれだけで何となく放っておかなかった。
「とりあえず薬草と雑穀の仕入れは済んだから、明日には出発出来そう。ウルリカさんには沢山お世話になって本当にありがとう」
「いいのよ、これもギルド職員の仕事だから。ただ、時々アルルさんの水飴をウチにも送ってね。実は私アルルさんの水飴のファンなのよ」
ウルリカはイタズラっぽくウインクした。
アルルは胸の奥から喜びが溢れ出し、涙が出そうになるがグッと堪えて破顔した。
「嬉しい。本当にありがとう。よかったら魚の意匠瓶の水飴受け取って」
「いや、アレはいいや。旅の途中割れないように祈っておくね」
アルルはウルリカの態度が若干腑に落ちなかったが、いよいよ明日は出発だ。宿に帰って荷物の最終確認をするべく、ギルドを後にした。
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