第十話 小さな町と、意外な才能
昼の休憩所を出ると、空は少しだけ高く見えた。風が乾いていて、頬に当たるとくすぐったい。
ハナは荷車を引きながら、時々道の端の草に鼻先を伸ばした。
そのたびにアルルが手綱を軽く引く。
「こら。草を食べるのは町についてから」
ハナは不満げにフスン、と鳴く。
けれど、歩みは止めない。
白黒の背中は相変わらず目立つが、旅には頼もしい背中だった。
◇ ◇ ◇
午後、道の先に小さな集落が見えてきた。
木造の家が十数軒、畑と小さな水路。
背の低い柵の向こうで、鶏が走っている。
旅人向けの看板が一本、道端に立っていた。
かすれて読みにくいが、どうやらこの集落には簡素な宿と、共同の井戸があるらしい。
「ここで一泊しましょうか」
アルルが言うと、クロノはほっとした顔をした。
泣き言は言わないが、まだ幼く栄養状態も万全ではないクロノに無理をさせてはいけない。
それに旅は長いのだから、急ぐ必要はないのだ。
集落に入ると、何人かの住人がちらりとこちらを見た。
白黒のロバに、荷車。
どうしてもハナに目が行きがちなのはもう慣れた。
「……おや、行商かい?」
年配の女が声をかけてきた。
手には籠、腰には包丁。
畑帰りだろう。
「ええ。薬草入りの水飴を売っています」
アルルが笑って答えると、老婆は目を細めた。
「水飴かい。子どもも喜ぶやつだね。しかし薬草入りってのは手間かかるのに珍しいねぇ」
年配の女性はうんうんと頷く。
「所で今夜の宿を探してるのですが、どちらでしょうか?」
「ああ、宿ならうちの離れだよ。こんな小さい村だから名ばかりの宿だけどねぇ。まあとりあえず着いてきておくれ」
老婆はアルル一行を手招きし、1番大きな家に向かって歩き出した。
◇ ◇ ◇
案内された宿は老婆の家のそばにある離れだった。アルルはふと住んでいたコテージを思い出した。
アルルのコテージよりさらに簡素な作りだが、建て付けはしっかりした木材で、雨漏りも隙間風も大丈夫そうだ。
「ここが一応宿だよ。ベッドと、水桶、簡単だが台所もあるから好きに使っておくれ」
「三日程泊まりたいのだけど大丈夫かしら?」
「問題ないよ。こんな小さな町に来る人は滅多におらんからな」
老婆ははははと笑い、シーツを取りに行くと言って一旦出ていった。
「ここ数日野営だったからベットはありがたいわね」
「僕は荷車の上で寝てたけど、アルルさん焚き火の小さい火のそばで寝てたからあんまり寝れてないのかなって思ってた」
「あら、よく気がついたわね。熾火を消すと何かと不便だからね。朝はお茶飲みたいじゃない?」
貴族であった頃の習性か、アルルは朝ハーブティーや時々紅茶などを飲むようにしている。
「さて、いったん荷物を部屋に入れて、水飴の売り上げの確認と、ここで少し作って出発しましょうか」
「僕荷物持ってくる」
クロノは急ぎ足で離れのドアを開け、荷車から持てそうなものをよたよたと危ない足取りで持ち運びだした。
クロノの体力は大分付いてきたみたいだが、やはり栄養が足りていないように見える。
やはり肉を調達しよう。
それになんと言ってもアルル自身が肉を食べたくて仕方がない。
長いコテージ生活ではほば自給自足生活だったので、よく小型の魔物を狩って食べていたのだ。
今は干し肉や干し魚ばかりで正直飽きてきていたアルルは、シーツを持って戻ってきた老婆に魔獣が出るか聞いてみた。
「ああ、最近この辺はぐれシシボーンが出て始めてな。シシボーンは普段森の奥に住んでるからこっちまで来ないんだけどねぇ。群れから追い出されたのが一体いて、畑を荒らして困ってんだよ」
シシボーンとは豚に似た魔獣で、平素は森の奥で群れを作り、大人しく過ごしているが、何らかの影響で時々凶暴化する個体が出てくるのだ。穏やかを好むシシボーンは、凶暴化した個体を群れから追い出す。そしてはぐれたシシボーンは、突如町や旅人の前に現れ襲いかかるのだ。そこまで強くはないが、ツノや牙が生えているので危険なのである。
アルルは当然シシボーン討伐をした事がある。領地にもはぐれシシボーンが出ていたので、よく農民達の依頼を受けて討伐していた。
ちなみに味はとても美味しい。
アルルは剣を掴んだ。
「それなら私が討伐してきます。どの辺に出ますか?」
「お姉さん冒険者もやってるのかい?罠にかかるのを待つよりは狩ってくれた方が畑の被害が少ないからお願いしようかね」
ちなみに依頼料は…と老婆は口にしようとしたが、アルルはそれを制した。
「狩った魔獣を貰えればそれでいいです。ちょうど肉が食べたかったので」
アルルは少し恥じらいながら老婆に持ちかけた。
老婆は一瞬だけど驚いたようだったが、やがて豪快に笑った。
「はははっ確かにシシボーンの肉は美味いからねぇ。それじゃよろしく頼むよ」
アルルと老婆はその後はぐれシシボーンが出没する場所を確認して、そばで話を聞いてたクロノに話しかけた。
「クロノ、今からちょっと狩に行ってくるから、宿で大人しくしていなさいね。水飴の数を数え終わったら寝てても大丈夫。」
「うんわかったよ。アルルさん気をつけてね」
◇ ◇ ◇
アルルは無事シシボーンを倒した。
なかなかに育っていた大物だったが、シシボーンはそんなに素早くもなく強くもないので、弱点である眉間を一撃で突き刺し、狩は一瞬で終わった。
ロープで吊るし血抜きを終えると、そのロープで足と体を硬く縛り、そのまま引きずって宿へと戻った。
血抜きの間少し時間があったので、持てそうなくらいの薬草を採取し、片手に薬草袋、もう片方で魔物を引きずる形だ。
もうアルルを見て伯爵夫人だなんて思う人などいないだろう。
アルルは宿は戻る道すがら、クスクスと笑った。
宿へ戻ると、何故か少し人だかりが出来ていた。
クロノに何かあったのかと、アルルは慌てて宿へと走った。
「クロノ!」
「あ、アルルさんおかえり」
クロノは町人に囲まれて少し興奮している様子だった。
町人は老若の女性がほとんどで、クロノを囲んでいる町人は何故か水飴の瓶を持っていた。
「あの、この子が何か」
「この子から水飴を買ってたんだよ」
「薬草入りは珍しいし、手間もかかるから助かるね」
などと瓶を手に井戸端会議が開催されていた。
クロノは婦人達に囲まれる中、紙に引いた棒線を数え、残った水飴の瓶と照らし合わせているようだ。
「宿の婆ちゃんが宣伝してくれたみたいなんだ。アルルさんが留守の間にたくさん買いに来てくれて、僕頑張って売ったよ」
「この子説明が上手だからつい買っちゃったの?体に良いし、料理にも使えるし、重宝しそう」
などと集まった婦人達が口々に言う。
やがて婦人達は散り散りになり、クロノ1人残された。
「クロノ、ありがとう。頑張ったのね」
「うん、宿の婆ちゃんいい人で、水飴の事説明したらみんなに知らせてくるって言ってくれて」
「そうなの…お礼言いにいかないとね」
「うん!」
アルルはクロノの頭を撫で、水飴やお金を片付けるように促した。
アルルもシシボーンの解体に取り掛からないといけないので、お礼がてら宿の老女をたずねた。
「あの、水飴の事ありがとうございます。あの子すっかり張り切っちゃったみたいで。おかげさまで手持ちの半分くらい売れたようで助かりました」
「いいんだよ。この町は外から訪ねてくる人が殆どないから珍しいのもあったしねぇ。頭のいい子だね、あんたの子は」
「いえ、あの子は…」
「分かってるよ、でも連れて回ってるんなら我が子みたいなもんだろ」
「まぁ……」
我が子と年の違いクロノを可愛らしくは思っていたが、そこまでは考えたことはなかった。
「そういえば、はぐれシシボーンは?」
「あ、無事倒しましたので、水場をお借りできませんか?解体しようと思って」
「離れの裏手にあるから好きに使うといいよ」
「後でお礼に柔らかい部分を持って来ますね」
「おや、ありがとうね。ウチの人も喜ぶよ」
老女は話を切り上げてくれたようだった。
アルルはもう一度お礼を言い、シシボーンの解体をするべく、水場へと向かった。
シシボーンの解体が終わり、宿の中を覗いてみると、クロノは疲れたようでベットに潜って眠っていた。
色々満足したのか、クロノは満足そうに笑顔を浮かべて眠っていた。
『あの子達もこんなふうに眠っていたのかしら』
アルルは自分に似た空いの髪を持つ子供達を思う。
クロノから落ちそうになっている掛け布団を直し、アルルは宿の老婆に肉を届けると、宿へ戻ると散らばった荷物を片付けに取り掛かった。




