佐久間塾出身者、要職に就く
最初の一人
――佐久間塾出身者、要職に就く――
それは、拍手も号令もない出来事だった。
王都の官報に、
小さく一行だけ載った。
「会計補佐官 任命
アルベルト・ノーラン」
それだけ。
でも、私は覚えている。
あの人は、佐久間塾の一人目だった。
■ アルベルトという少年
初めて会った時、
彼はいつも靴を気にしていた。
磨いてあるけれど、
革が薄い。
貧乏貴族の、分かりやすい印。
字はきれいだった。
でも、発言が少なかった。
「間違えたら、
貴族らしくないと思われる」
そう言っていた。
■ 佐久間塾で学んだこと
彼が得意だったのは、算盤。
日本式の帳簿を学んでから、
数字の扱い方が変わった。
「正確に言わなくていい場面」
「曖昧にしていい場面」
それを、礼儀作法として教えられた。
先生は言った。
「数字は、剣と同じです」
「抜くタイミングを間違えると、死ぬ」
アルベルトは、それを守った。
■ 任命までの道
彼は、急に偉くなったわけじゃない。
・書記補助
・倉庫監査
・地方会計の随行
地味な仕事ばかり。
でも――
一度も、問題を起こさなかった。
上級貴族の無理な指示も、
真正面から否定しない。
「記録上、そうなります」
「手順上、こちらが先です」
感情を挟まない。
それが、評価された。
■ 要職就任の日
任命の日、
アルベルトは派手な服を着なかった。
中級貴族らしい、
少し地味な装い。
でも、姿勢が違った。
頭を下げる角度。
話す速度。
目線の高さ。
全部、佐久間塾で教えられた通り。
私は、その背中を見て思った。
「この人、戦ってない」
■ 周囲の反応
上級貴族たちは、
露骨には何も言わなかった。
ただ、こう囁いた。
「最近の下級は、
妙に話が通る」
それは、悪口でも、
褒め言葉でもなかった。
でも――
拒絶ではなかった。
それが、決定的だった。
■ 笑健への影響
その日以降、
笑健への態度が変わった。
取引が、穏やかになった。
要求が、文章になった。
「話し合い」が増えた。
父は、それを見て言った。
「一人でいい」
「一人、通れば、
あとは流れになる」
■ 後年の評価
歴史書には、
アルベルトの名は残らない。
彼は改革者でも、英雄でもない。
でも、
佐久間塾出身者は、
その後、静かに増えた。
共通点は、一つ。
誰も、世界を変えようとしなかった。
ただ、
壊れないように、
位置を選んだだけだった。
■ 桃子の結論
私は今でも思う。
佐久間塾が教えたのは、
成功の仕方じゃない。
失敗しない立ち方だ。
それが一人、
要職に就いた。
それだけで、
十分だった。




