初めての異世界 ――桃子 十才の記憶――
初めての異世界
――桃子 十才の記憶――
その日、私は十才で、
雄太は七才だった。
「お父さんの仕事場に行く」
それだけ言われた。
雄太は「えー」と言ったけど、
私は何となく分かっていた。
これは、聞き返しちゃいけない日だ。
■ 境目
手をつなぐ。
お父さんの手は、
前より少しだけ温かかった。
目の前が、ふっと揺れた。
風の匂いが変わった。
音が、違った。
空が――
少しだけ、紫。
「わあ……」
雄太が声を出した。
私は、声が出なかった。
■ 町の入口
石の道。
高い建物。
人が多いのに、ぶつからない。
剣を腰に下げた人が歩いている。
でも、誰も抜かない。
「危なくない?」
雄太が小声で聞いた。
「大丈夫」
お父さんは、すぐ答えた。
その速さが、
本当に大丈夫なんだと教えてくれた。
■ 笑健の建物
看板は、小さかった。
異世界宝石 笑健
派手な装飾はない。
でも、窓が多くて明るい。
中に入ると、
永井さんが深くお辞儀した。
「お嬢さん方、坊ちゃん」
その言い方が、
くすぐったかった。
■ 石を見る
机の上に、
たくさんの石が並んでいた。
きらきらしてる。
でも、目が疲れない。
「きれい……」
私が言うと、
滝沢さんが笑った。
「きれいすぎないように、作ってるんだよ」
「なんで?」
「考えられるように」
意味は、よく分からなかった。
でも、悪くない気がした。
■ お客さん
子供が来た。
私と同じくらい。
首から、小さな石を下げている。
その子は、
私たちを見て、にこっとした。
「それ、ここで買った?」
私が聞くと、
うん、って頷いた。
「勉強、ちょっと楽になるよ」
雄太が目を丸くした。
「ほんと?」
「ほんと」
その子は、
自慢しない顔で言った。
■ 帰り道
帰るとき、
雄太が聞いた。
「ここ、すごいね」
お父さんは、首を振った。
「すごくないよ」
「ほどほど」
その言葉は、
その時、初めて聞いた。
■ 桃子の気づき
家に戻ってから、
私は思った。
あの世界は、
怖くなかった。
たぶんそれは――
お父さんが、
無理をしない人だから。
強くなったからじゃない。
儲けてるからでもない。
出来る範囲を、
ちゃんと守ってる人だから。
私は、
また行きたいと思った。
でも、
「すごいこと」じゃなくていい。
あそこは、
私たちの生活の続きでいい。
そう思えたのが、
いちばん不思議だった。




