娘視点で見る「父の異世界」
娘視点で見る「父の異世界」
小学校四年生の春、
私は一度、お父さんを失った。
病院から戻ってきた大人たちは、
「眠ったみたいだった」と言った。
でも私は知っていた。
眠っている人は、呼べば返事をする。
その数日後、
お父さんは何事もなかったように帰ってきた。
誰も詳しい説明をしなかった。
「奇跡」「医学的に稀」「よく分からない」
大人の言葉は、どれも曖昧だった。
お父さんは、少しだけ変わった。
力仕事をしても息が切れなくなった。
夜、机に向かう時間が増えた。
でも、性格は同じだった。
何も自慢しない。
何も説明しない。
■ お父さんの「仕事」
お父さんの仕事は、よく分からなかった。
海外出張、と言われていたけれど、
行き先を聞くと、いつも少しだけ間が空いた。
「遠いところだよ」
それ以上は、言わない。
帰ってくると、
変わった硬い石の指輪や、
見たことのない布を持っていた。
どれも売られていなかった。
でも、家の生活は楽になっていった。
学用品を買うとき、値段を見なくなった。
塾に行きたいと言うと、少し考えてから頷いた。
その「少し考える時間」が、
お父さんの優しさだと私は知っていた。
■ 初めて見た「向こう側」
五年生の夏。
「一緒に来るか」
そう言われた。
行き先は、海外でも、旅行でもなかった。
光が一瞬揺れて、
空の色が違う場所に立っていた。
空が、少しだけ紫がかっている。
建物は石で、
人々は剣や杖を持って歩いていた。
「ここが、お父さんの仕事場」
そう言って、お父さんは私の手を離さなかった。
■ 私が知った真実
市場で、子供たちを見た。
私と同じ年くらいの子が、
小さな護符を首から下げていた。
透明な石。
でも、どこか人工的な完璧さ。
あれは、お父さんが作ったものだった。
「なんで売ってるの?」
私が聞くと、
お父さんは少しだけ困った顔をした。
「勉強する子が、ちゃんと勉強できるように」
「生きるのが、少し楽になるように」
その言葉が、
どこか自分に言い聞かせているみたいだった。
■ 娘として気づいたこと
異世界の人たちは、
お父さんを「商人」と呼んでいた。
でも、
王様の前では頭を下げず、
貴族の無理な注文は断っていた。
儲けられる話を、
何度も断っているのを見た。
帰り道、私は聞いた。
「もっとお金、欲しくないの?」
お父さんは笑った。
「欲しいよ。
でもね――」
少し黙ってから、続けた。
「欲しすぎると、
人は子供を守れなくなる」
私は、その時分かった。
お父さんは、
この世界で強くなったから守っているんじゃない。
弱かったことを、
知っているから守っているんだ。
■ 私の未来の選択
今、私は大人になった。
私は異世界に行かない。
戦わない。
魔法も学ばない。
でも、
護符の裏に書かれる小さな文字は、私が決めている。
「使う人が、使いすぎませんように」
それは、
神よりも慎重だったお父さんの教え。
そして私は、
胸を張って言える。
私のお父さんは、
世界を救った英雄じゃない。
でも――
私を救った人だ。




