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日本へ帰る潮時

雄太の30才を軸に、二人が「潮時」を悟り、日本へ帰っていく静かな再出発を書きます。


雄太が結婚適齢期に入ったころ、佐久間塾の建物はもうなかった。

正確に言えば、建物は残っていたが、看板だけが外され、別の用途で使われていた。


それでいい、と雄太は思っていた。


名だけが残る。

仕組みだけが残る。

人は残らない。


それは父が望んだ終わり方だったし、桃子と雄太が選び続けてきたやり方でもあった。


雄太は子供のころ、行政補佐として要職に就いた佐久間塾出身者を、遠くから見送ったことがある。

推薦も口添えもしなかった。

必要な書類だけを、制度として整えただけだった。


「あの人、佐久間塾なんだって?」


そう囁かれる声が、いつの間にか

「佐久間塾出身なら、まあ大丈夫だろう」

に変わっていった。


それを聞いた時、雄太ははっきりと「終わり」を感じた。


評価が個人ではなく、名前に移った瞬間。

それ以上やれば、塾は権威になる。

権威になった瞬間から、腐る。


父がかつて言った言葉が、30になった今になって腹の底で腑に落ちた。


「コネは十分だ。

これ以上は、教える側が楽をするだけになる」


桃子も同じ頃、別の国で同じ結論に辿り着いていた。

文書一通だけが届いた。


――そろそろ、帰ろうか。


理由は書かれていなかったが、十分だった。


二人は、別々に異世界を離れた。

別々に日本へ戻り、別々に結婚し、別々に子を持った。

姉は33才になっていたが優しい旦那と子供が出来た

行き遅れにならないギリギリだった


共通していたのは、

異世界の話を、子どもにほとんどしなかったことだけだった。


「特別なことは、しなくていい」


雄太は息子にそう言った。


「勉強が苦手でもいいし、成功法則なんて知らなくてもいい。

ただな、

“やっぱりこれは、しちゃいけないな”って思った時に、

やめられる大人になれ」


それは異世界で何千回も聞いた言葉だった。

父の声で。

時には桃子の声で。


中年のある日、雄太は散歩の途中で、古い本屋に入った。

棚の隅に、薄い冊子があった。


『佐久間塾・概要と実務指針(抄)』


著者名はなかった。

出版年も曖昧だった。


雄太は一ページだけめくり、静かに棚へ戻した。


――名だけが残ったな。


それでいい。

教えは人に残り、名は風化し、

誰が始めたかは、もう重要ではない。


家に帰ると、孫が宿題を広げていた。

計算を間違えて、困った顔をしている。


雄太は口を出しかけて、やめた。


代わりに、ただ言った。


「ゆっくりやれ。

急ぐ必要があるのは、逃げる時だけだ」


孫は意味が分からないまま、うなずいた。


それでいい。

理解は、いつも後から来る。


雄太は縁側に腰を下ろし、夕暮れを見ながら目を閉じた。

異世界での人生は、もう遠い。


だが確かに、

あの世界で身につけた“決断の癖”だけは、最後まで残っていた。


大きな決断はしない。

だが、小さな「これはやらない」を、毎日守る。


それだけで、人はまっすぐ生きられる。

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