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公爵令嬢は愛人となり、いずれは母となる  作者: 白根 ぎぃ


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9、客室のカトレア



 闇夜が王宮を包み込む頃、アイバンとケイレブはカトレアのために用意した客室の扉の前に立っていた。


 廊下を照らす灯りが、二人の影を長く引き伸ばしている。

 辺りには護衛も使用人なども控えておらず、ここに本当に公爵令嬢がいるのかさえも怪しいほどだった。


 国の国王と側近が深夜に公爵令嬢の部屋を訪れるという行為は、かなりの醜聞になりかねない。

 そして、ナイトシード公爵家の手の者に知られるわけにはいかない。


 だが、アイバンはそのリスクを承知の上で、この場に来ていた。


「本当に伺うべきなのかでしょうか」

「私が勘違いされても困る、と伝えたところで、この結果だ。反公爵派にいいように扱われているとしては、ずいぶんと度胸があると思わないか? その真意を確かめるのも面白いだろう?」


 ケイレブは困惑を隠せない様子だったが、アイバンは案外そうでもないようだった。


 アイバンは深い溜息と共に、扉を見つめた。

 政治に利用されようとしている令嬢を穏便に帰すという目的の訪問とはいえ、人目につけばあらぬ噂を立てられてしまうかもしれない。


 ケイレブが厳かにドアをノックすると、中から侍女ジェンティアの静かな声が聞こえ、ゆっくりと扉が開いた。


 部屋は王宮の中でも一番豪華な客室らしく、贅を凝らした装飾が施されており、客人の王家の威厳を示すためのものだった。


 カトレアの趣味とはかなりかけ離れており、部屋を整えにきたジェンティアが庭師に声をかけ、花を分けてもらい、少しでもカトレアが過ごしやすいように手を加えていた。


「お時間をいただき、ありがとうございます」

「ああ」


 カトレアは昼間のようなドレスではなく、淡い青色のシュミーズドレスの上に、同色の滑らかな生地のガウンを羽織っていた。くつろいでいる格好でありながら、妖艶さなどなにもなく、ソファから立ち上がり、アイバンを待ち受けている様子だった。


 アイバンはケイレブはその格好に驚きつつも共に席に着き、カトレアもまたゆっくりとソファに座る。それを確認すると、アイバンは本題を切り出した。


「ジェンティア、お茶の準備をお願いね。陛下もケイレブ様も、きっとお気に召します」


 カトレアはそう言って微笑み、背後に控えていたジェンティアを促した。ジェンティアも短く返事を返すと、音もなく静かに準備を始めた。



「カトレア嬢。単刀直入に申し上げよう。君の目的は分かっている。どのように動かれようとも、私は君を愛人にするつもりは、毛頭ない」

「あら」


 カトレアは微笑みを崩さない。

 その微笑みはアイバンが何と言ってくるのかを想定済みであるかのようだった。


そのために(愛人になるために)、君は王宮へ来たのだろう。君にこの役目を押し付けた者たちの狙いも分かっている。だが……その期待に応じるつもりはない。君の若さと聡明さは、こんなところで消費されていいわけがない。この醜い争いになど、関わらなくていい」


 アイバンは過去に公爵派の横暴によって心を病み、王宮を去っていった令嬢たちを思い浮かべた。自らの立場を慮り、愛人を持てないという状況を令嬢たちの犠牲の上で解決するつもりはなかった。


「カトレア嬢、わざわざ地獄に落ちにくる必要はないだろう? 君はローレル公爵家の娘として、もっと幸せな道を選ぶべきだ」


 アイバンの言葉は冷たく突き放しているようで、その裏にはカトレアを案じる一人の大人としての配慮が滲んでいた。カトレアを利用しようとする者たちへの不信感、そしてまだ若い令嬢を巻き込みたくないという国王としての良心の呵責があった。


「君が隣国への婚姻を理由に王宮へ来たという建前は、最大限利用しよう。もし本当にカトレア嬢が隣国の貴族と縁付くことを望むなら、誠意をもって縁談をまとめよう。ケイレブに聞いたが、本当に作法を学ぶ手筈もしているらしいから、その学びが終われば速やかにローレル公爵家へ帰るんだ」


 カトレアはアイバンの言葉を最後まで静かに聞き終えた。


「陛下のお心遣い、痛み入ります」


 その言葉は礼儀正しかったが、すぐにその口元に挑戦的な笑みが浮かんだ。彼女の視線はアイバンの目を射抜き、一歩も引かない強い意志を伝えてくる。胸の前に手をやった際の衣擦れの音さえも穏やかに響いた。


「ですが、陛下……私は陛下のお心を今日、必ずつかんでみせますわ」


 アイバンは片眉を上げた。

 横に控えるケイレブの顔には、はっきりと困惑の色が浮かんでいた。ケイレブはアイバンを守るため、いつでも立ち上がれるよう、緊張して全身を強張らせていた。


「心をつかむ? カトレア嬢、それはどういう意味ですか?」

「勘違いしないという話だったが?」


 アイバンは静かに問う。その声には、有無を言わさぬ冷たさが込められていた。


「あら、私……体でつかむなど一言も言っておりませんわ」


 カトレアは微笑みながら言葉を紡ぐ。

 その言葉の意味をアイバンとケイレブは考える。一般的な考えで言えば、『お心をつかむ』と言われれば、体の関係を考えてしまうだろう。


 だが、カトレアはそんなことではしない、と明言している。

 その意味がどういう意味かを説明しないまま。


「愛人になりにきたわけではない、と?」

「それは……状況にもよりますけれど、今、私が言えることは私は陛下に体を使って誘うような行為をしないということでございます」



 アイバンもケイレブも、カトレアの存在を一瞬で不気味に思えた。話が通じているのか、いないのか、それすらも分からない。しかし、二人に分かることが一つある。カトレア自身の言葉に隠された、カトレア自身の野心を感じ取り始めていた。


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