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公爵令嬢は愛人となり、いずれは母となる  作者: 白根 ぎぃ


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7、王宮へ



 アイバンの元に夕焼けと夜空の交じり合う薄紫色の、手入れの行き届いた長い髪をした令嬢が訪れた。


 その髪の色は、空の境界線と同じような、昼と夜が交じり合う最も美しく、そして儚い瞬間の色彩を映し出したかのような色合いだった。アイバンの執務室の窓から差し込む外の光を浴びて、繊細に煌めいていた。


 薄紫色の髪は、亜麻色の髪を持つ者が多いこの国の民とは一線を画す、目を引く美しさだった。


「陛下、失礼いたします」


 ケイレブの言葉と共に入室した令嬢に、アイバンは呟くように言葉を漏らした。

 背筋が伸びた美しい立ち姿勢は、幼い頃から公爵令嬢として徹底した教育の賜物だろう。着ているドレスは、社交界で注目を浴びるために、多くの令嬢が好む華美な装飾は避けられ、抑えられた色合いとデザインだった。


 それにもかかわらず、ドレス自体はその生地の光沢、刺繍の繊細さから、腕の良い職人が手掛けた豪奢なものであることは一目瞭然だった。その立ち姿は一輪の優雅な花のようであった。


「君は……」


 謁見の間などという公式の場ではなく、アイバンが日々国務に追われる執務室に、令嬢はアイバンの側近であるケイレブによって連れられてきた。

 ケイレブはアイバンが最も信頼を置く人物であり、彼の案内がなければ、そう簡単に面会することはできない。ましてや、事前に面会の約束を取り付けていないとなれば、公爵家の者であったとしても、容易くこの空間に足を踏み入れることはできない。


 王妃であるカルミアでさえも、事前に約束を取り付けてやってこなければ、アイバンは基本的にその日の終わり近くでなければ面会することはなかった。


 アイバンは目の前の令嬢の出現に、一瞬、手元の書類から目を離した。


「国王陛下にご挨拶申し上げます。本日より王宮での作法を学ぶために参りました、ローレル公爵家のカトレアでございます。お見知りおきを」


 淀みない挨拶と、わずかに伏せられたその瞳には、緊張の色は一切見えず、むしろ楽しんでいるかのように上品で耳に馴染む声色をしていた。


 アイバンは事前にケイレブによって聞かされていた、このローレル公爵家からの申し出の意味を既に知っていた。公爵家とその派閥は療養中の王妃カルミアの立場が不安定な今、自家の令嬢を作法を学ぶためという理由でアイバンの側に置き、いずれ愛人、あるいは次の王妃の座を狙わせようとしているのだと。


 政治的野心に満ちた、貴族社会ではありふれた動きだ。


 突然の訪問に驚きつつも、アイバンはケイレブを責めるつもりはなかった。ケイレブは昨日、ローレル公爵に愛人の話は否と返事を出していた。その後、王宮に戻ってきてケイレブから聞いた話では、一緒にいたカトレアも微笑みながら、『皆が勝手に言っていることですので、そちらは気にしないでください』と伝えて来たらしい。


 アイバンも安堵していたのだが、昨日の今日で王宮にやって来たカトレアの強引な申し入れを拒否しきれず、やむなく連れてきたのだろう。ケイレブは国王であるアイバンの許可なく、勝手に事を運ぶような男ではない。アイバンはカトレアをちらりと一瞥しただけで、その理由を悟った。



―――まさか、公爵令嬢自らがこんなにも早く、しかも強引な手段で乗り込んでくるとはな……昨日の態度で分別のできる令嬢だと思っていたが、そうでもなかったのか?



「カトレア嬢、立派になったな。立ち話もなんだ、座ってくれ」

「ありがとうございます」


 アイバンはカトレアに座ることを促した。カトレアは一礼すると、ゆっくりとソファに座る。



―――面倒だな。隣国へ嫁ぐために作法を学びに来たという建前をいかしつつ、穏便に済ませるとするか。



 王宮に来たところでまともに相手をしなければ、公爵令嬢としてのプライドが傷付き、勝手に帰るだろうとアイバンは気にも留めていなかった。適当にあしらえば済む問題だと、この時は高を括っていたのだ。


「よく来てくれたな、カトレア嬢。しっかりと学び、立派な令嬢になってぜひ隣国との懸け橋にでもなってくれ。その話が流されず、公然の事実となるのであればな。ケイレブ、カトレア嬢の滞在中の部屋を用意しておくように。客室の一番いい部屋をな」


 アイバンは定型的な言葉で応じ、しかし、その言葉の中に一つの嫌味も混ぜた。明らかに歓迎はしていないということを態度ではなく、言葉に混ぜたのだ。そして、豪華な客室を与えることで、カトレアのプライドを満たし、歓迎されていないことを実感し、現実を思い知ればいいと思っていた。


 カトレアは一瞬の戸惑いも見せず、優雅に微笑みながら感謝を述べた。


「ありがとうございます、陛下。王宮の一番良い客室だなんて、素敵ですわ。私、実家から侍女を連れてきておりますので、王宮でのお世話係はいりません。ご安心くださいませ」


 アイバンはわずかに眉を上げた。王宮の侍女は、公爵家の侍女よりも位が高い。それを断るということは、王宮の目を通さずに、自分たちのペースで動きたいという意思表示にも取れる。


「もしよろしければ後程その者も、陛下にもお目通り願えますでしょうか?」

「ああ、もちろんだ」


 アイバンは渋る理由もなく、頷いた。


「では、張り切って紅茶の準備をさせますわ。ジェンティア……私が連れて来た侍女の名でございます。彼女は本当に紅茶を淹れるのが上手なんですの。では……お部屋の準備ができるまで庭園に寄っても? 少しだけお花を拝見したいのです」


 カトレアはまるで王宮に遊びに来て散策するかのような気軽さで、アイバンに許可を求めた。この奔放なのか、朗らかなのか、あるいは大胆なのか分からないが、アイバンは警戒心を僅かに解いた。派閥の命令で愛人を志願しにやって来た令嬢にしては、あまりにも純粋な好奇心に満ちていたからだ。


「好きなだけ見ていってくれ。ケイレブ、部屋が整い次第お前が案内するように」

「承知いたしました」


 ケイレブは慇懃に頭を下げたが、その視線はカトレアをしっかりと捉えていた。その視線には、()()()()()が入り混じっていることを、アイバンは察した。



―――まあ、それも仕方がないか。あまりにも我々が知っている彼女の性格とは違うのだから。



「では、陛下。御前失礼致します」

「ああ、楽しんでくれ。今は庭園のバラだけではなく、西の池の花も綺麗だ」


 ケイレブがカトレアを連れて、執務室を後にした。


 アイバンはふと息を吐いた。

 国主催のパーティーでの挨拶や行事で言葉を交わした時とはあまりにも印象が違うことに、アイバンは多少なりとも驚いていた。公爵家の人間として、カトレアは様々な催し物に顔を出していた。

 貴族の娘として完璧に型にはまった、人形のような笑顔に所作しか見せなかったはずだ。だが、今は、年相応の好奇心や、少しの我儘が見え隠れしている。


「それにあの感じだと、やはり幼すぎて愛人にするには難しいだろう。政治的な道具として送り込まれたにしても、もう少し色香のある娘を選べば良かったものを」


 アイバンはいつもなら心の奥底で呟くようなことを、自分でも気づかぬうちに呟いていた。


「まあ、する気もないが……」


 彼は執務室の窓まで歩いて行くと、寄り掛かり、庭園へと歩き出しているケイレブとカトレアの姿を覗き見た。


 先程、実家から連れて来たという侍女がカトレアの側で日除けの傘を差している。この国に多い亜麻色の髪をきっちりと結いあげているが、顔は見えない。侍女は常にカトレアの半歩後ろを歩き、邪魔になることのない距離を保っていた。


 振り返り侍女に楽しそうに話すカトレアの姿は、執務室で見せた姿よりさらに幼く、年相応の活発な令嬢そのものだった。


 その姿にアイバンはこのまま放っておくのは、気が引けると感じていた。愛人にするつもりがないことをカトレアには誠実に、自分の口から伝えてやるべきだろうと思った。

 そして、ナイトシード公爵家には悟られぬように、ローレル公爵家へ帰し、可能であればカトレアのために、隣国で本当に相手を見つけてやることもいいかもしれない。


 それが国王として一人の大人として、そしてこの国を動かそうとした貴族たちに道具として使われた女性に対しての、最低限の礼儀だとアイバンは考えた。




 侍女の淹れる自慢の紅茶を飲みに行くついでに、それを伝えようと、心に決めた。


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