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公爵令嬢は愛人となり、いずれは母となる  作者: 白根 ぎぃ
第三章

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49/50

49、カトレアの冒険【前】




 カトレアは幼少期から周囲を驚かせるほど、妙に大人びた性格をしていた。


 公爵家の長女として生まれたカトレアは、三歳にして読み書きを覚え、四歳になる頃には家庭教師が驚くほどのマナーを身につけていた。


「閣下、夫人……! カトレア様は素晴らしいお方でございます!」

「あら……誰に似たのかしらねぇ」

「本当だなあ」

「公爵家も安泰ですわねぇ」

「おいおい、気が早いぞ! ハハハ」


 カトレアの両親は娘の成長を、純粋に喜ぶ人々であった。

 学ぶことの楽しさを知ったカトレアは、四歳になる頃にはすでに、六歳の子供が覚えることは全て覚えていた。

 


 カトレアが四歳の冬。

 肌を刺すような寒さが残る新年の挨拶に、両親と共に王宮へと来ていた。


「カトレア、いい? ここはとても広いから、国王陛下、王妃陛下とのご挨拶が終わったら、アリーと待っていてちょうだいね」

「お庭をすこし見てもいいですか?」

「ええ、もちろんよ」


 当時のカトレアにとって、王宮は初めてくる場所であり、未知の場所であった。

 豪華なドレスに身を包み、子供用の小振りの宝石をあしらった装飾品を纏い、カトレアは周囲を見回した。


 公爵家であるローレル公爵家は最初に名前を呼ばれるため、すぐに挨拶は終わる。


 当たり障りのないことを言い合い、笑い合い、その場は和やかに幕を閉じた。


「アリー、この子をお願いね」

「はい、奥様。お任せくださいませ」


 国王夫妻に挨拶が終わると、両親は他の貴族の元へ行く。

 まだ四歳の子供であるカトレアを紹介するというわけもなく、乳母に預けられその場に残った。好奇心旺盛な少女にとって、親と離れられたことは幸運だった。


 祝宴の喧騒の中、一瞬の隙を突いてカトレアは乳母の手をすり抜けた。


「お嬢様!?」

「アリー! すぐもどって来るから、人の少ないところで待っててちょうだい!」

「待っていて、と言われましても……! お戻りくださいっ! お嬢様!」

「しー、だよ! アリー……すぐもどるからっ」


 乳母アリーの小さな驚愕した声が上がる。


 いつもなら乳母に迷惑をかけるような真似をしないカトレアだったが、初めての場所に興奮していた。


 光り輝く窓の外、手入れの行き届いた庭園に一つの姿を見かけたのだ。

 金色に輝く毛並みを持った一匹の猫に、目を奪われてしまった。庭の美しさよりも、四歳の少女にとっては動く動物の方が特別であった。


「待って、ネコさんっ」


 幼い足取りで後を追う。


 迷路のように形を変える植え込みをすり抜け、美しいバラのアーチを潜り抜ける。

 そこには公爵家の庭園よりも、はるかに広大な庭園が広がっていた。猫はカトレアを誘うように、生い茂る植え込みの奥へと消えていく。


「ねえ、ネコさん、あなたはどこへ行くの?」


 夢中で追いかけるうちに、ドレスの裾には枯れ葉が絡まり、泥で汚れていく。

 公爵令嬢としてあるまじき姿だが、今のカトレアには気にする余裕などはない。


「にゃあ」


 猫がカトレアを振り返り、足を止めた。

 輝く毛並みに、ゆっくりと手を伸ばす。驚かずにされるがままになる猫は、座り込むと横になって気持ちよさそうに喉を鳴らした。


「まあ、かわいらしい。あなたはどなたのネコさんなのかしら」


 思う存分撫でて、ふと周囲を見渡せば、そこは見覚えのない場所であった。

 先ほどまでいた広間の喧騒はどこにもなく、手入れの行き届いた木々が風に揺れている。


 道に迷ったのだと、カトレアは幼い頭で理解した。


「ネコさん……。これは迷子というやつかしら?」

「にゃああ」

「……そう、これが迷子なのね」

「にゃん」


 普通の子供であれば、ここで恐怖に泣いてしまうだろう。


 だが、カトレアは違った。


 カトレアはその場に静かに腰を下ろすと、汚れているドレスの裾を整えた。

 白く繊細なレースは所々ほつれ、泥で黒ずんでいる。



―――よく見たら、こんなにドレスが汚れてしまってるわ。



 むやみに動き回ることは今はよくないこと、これ以上入り込みすぎると、大人たちを混乱させてしまうことをカトレアは知っていた。


 自分を捜しに来る『誰か』を、この場で待つことが最善であると判断した。


 少しだけ震えそうになる指先に、ふわりと温かさを感じる。

 指先に輝く毛並みを押し付けてくる猫と目が合う。


「あなた……やさしいのね」

「ぬぁあん」

「心配してくれてありがとう。もう少しさわってもよろしいかしら?」

「なんっ」

「まあ、おりこうさんね」


 猫に触れながら、柔らかい素材のドレス生地で覆われている膝を抱える。

 木の下は意外と固く、座り心地も悪い。



―――みんなを困らせてしまったわ。ネコさんがいなかったら、わたくし……泣いていたかもしれないわ。



 どのくらい時間が経ったかは分からない。

 しかし、枯れ葉を踏みしめる柔らかな足音が聞こえてくる。


 カトレアが顔を上げると、茂みの隙間から差し込む光を背にし、ゆっくりと近づいてくる人影が見えた。


 背筋が伸びた美しい歩き方。

 その歩き方が誰でもできることではないことくらい、四歳のカトレアにも分かる。


「にゃああぁっ」


 少しだけしわがれた声で猫は鳴いた。


 冬の陽を背に受けて現れたのは、上品なドレスを着た女性であった。

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