表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵令嬢は愛人となり、いずれは母となる  作者: 白根 ぎぃ
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/50

48、森の中の小屋




 月明かりさえ届かぬ森の奥、ヴィオレッタは一枚の紙を頼りに歩き続けた。

 背後には公爵家が付けた()()()が、ヴィオレッタが逃げ出さぬよう付き従っている。



―――何人いるかまでは分からないけれど、確実にいるわね……。この紙に書かれた場所についたら消すつもりね。



 後ろを振り返ることなく足を進めると、どのくらい歩いたか分からない場所に小さな廃屋があった。

 かつては森で作業する者たちや、魔物駆除をする者たちのための休憩所だったのか、壁や屋根には隙間があり、冷たい空気が吹き込んでいる。


「……よくこんな場所を知っていたわね」


 ヴィオレッタは震える指先で扉を押し開けた。


 きっと中には公爵家の者が隠れており、消されるのだろうと覚悟を決めていたが、やはり恐怖心というものはある。


 ギィと開かれた扉から中を見ると、月明かりと魔石灯の光に照らされて舞い上がる埃だけが見えた。一歩中へ入るが、人の気配もなく静寂だけがその場にあった。


 室内には誰もいなかった。



―――誰もいない……?



 部屋の中を見渡すが、部屋の隅にまとめられた藁の山の上に、薄汚れた布が乱雑に敷かれていた。

 ヴィオレッタは戸惑いながらも、扉を閉める。先ほどまであった()の気配を感じなくなっていた。


「抵抗する気はないのに……なぜ、誰も来ないの?」


 いつ影が現れてもいいように、扉とひび割れた窓が見える場所へと腰を下ろした。緊張と興奮が混じっているため、寒さは感じない。


 ヴィオレッタは大人しく死にたいわけではなかったが、今は助かる未来が見えないのだ。


「いつでも来なさい。私は逃げも隠れもしない。実の娘を殺そうとするあなたたちにはいつか罰が下されるわ」


 しかし、一夜が明けても、二夜が過ぎても、影が現れることはなかった。


 そして三日目の朝には、入り口の扉のそばに、見慣れぬ包みが置かれていた。

 恐る恐る包みを開くと、中には柔らかなパンと、乾燥した果物、清潔な水が詰められていた。



―――お父様とお母様が、私を生かしておくはずがないわ。どういうこと……? 毒でも食べて、自分で死ねってこと……?



 周囲を見渡すが、誰もいない。

 ヴィオレッタは疑念を抱きながらも、包みを持って小屋に戻る。捨ててしまおうかと思ったが、食べ物を見た瞬間にヴィオレッタの薄い腹が音を立てた。


「あっ」


 顔を赤くしながら、腹へと手をやる。

 自分が空腹だったことに、ヴィオレッタはやっと気付いた。良い匂いには抗えず、死んでもいいという覚悟でその食事を口にした。


 手に痺れも、意識障害も、毒の味もしない。


 一口ちぎって口に入れたパンは、温かく優しい味であった。

 口に入れた瞬間、自然と涙がこぼれた。


「ああ、私は何も分かっていなかったんだわ……。感謝していたつもりになっていただけ……今更気付いても遅いことばかりを気付いてしまうのね」


 感謝しながら、パンと干した果物を食べる。次があるかも分からないため、少量を一日に二度と決めた。いつ消されるかも分からない状況ではあったが、ヴィオレッタは暇つぶしに小屋の中の掃除をした。



―――こんな不衛生な状態は良くないわ。



 小屋の周りに茂っている草を束にして、床を掃く。

 初めての掃除も卒なくこなす、わけでもなく、(まだら)に掃かれた跡が見え、窓も汚れが伸びて逆に目立った。それを見て、ヴィオレッタは使用人たちの苦労を知ることになった。


「ふふふ……おかしいわ、不衛生は良くないって……。私は死ぬはずだったのよね……。でも、まだ生きていられる……、違う、生きたいのね」


 七日経っても、公爵家からの影は訪れることはなかった。

 それどころか、人の気配も何も感じない静かな森である。周囲を散策し、インクとして使えそうな草や木を見つけ持ち帰る。


 すると、また食料が届けられた。


「誰なのかしら……アイバン殿下? なんてね、夢を見すぎね……」


 恐らくアイバンでも、心配しているであろう侍女でもないことは分かっている。

 だが、少しでも人の情を感じたかったのだ。


 殺されるはずだった場所が、奇妙な場所へと変わっていく。


 だが、ヴィオレッタがここを抜け出し、王都へ戻ることはしなかった。小屋の割れた窓から、見えるはずのない王宮を思い出しながら眺める。



―――私が生きていると知れば、両親は間違いなくサーラやベラを()()()として消すでしょう。それにアイバン殿下と連絡を取れば、私を救おうとしてくれるはず……。でも、それは今、私が望んでいることではない。



 ナイトシード公爵家の権力は、今や王家を凌ぐほどである。


「今、アイバン殿下と公爵家が衝突してしまうのは……望ましくないわ」


 国と民の安寧のため、今は我慢をするべき時である。

 自分と愛するアイバンのことを優先することなどできない。それに、まだ証拠が足りないのだ。


 ヴィオレッタは鏡もない部屋で、顔の痣に触れた。


 美しい顔に醜い痣。

 これは呪いではなく、両親の悪事の証拠でもあるのだ。ヴィオレッタ自身が証拠であり、この小屋は神からの褒美のようにさえ思えた。


「ヴィオレッタ・ナイトシードは、あの日……森の中で息絶えた。お父様たちが望んだ通りに……」


 商人がくれた魔石灯を点した。

 淡く細い光が埃の舞う室内を照らす。


「誰かの施しで私は生かされている。この恩を返すためにも、私は必ず生き延びるわ」


 公爵令嬢としての誇りは、すでにない。



 公爵家から追われたあの日、王太子の婚約者である公爵令嬢ヴィオレッタは死んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ