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公爵令嬢は愛人となり、いずれは母となる  作者: 白根 ぎぃ
第二章

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46、ヴィオレッタとの別れ




 二年の月日は驚くほど早く過ぎ去った。


 王太子であるアイバンが、婚約者であるヴィオレッタと最後に言葉を交わしたのは数年前であった。ヴィオレッタが()()()()()()()()()()として、隔離される直前のことだった。


 それ以来、アイバンは幾度となくナイトシード公爵家を訪れたが、公爵の答えは常に同じだった。


『殿下……。我が娘を心配してくださっているのはありがたいのですが、未だに病状は安定せず、誰とも面会させられないのですよ』


 見舞いの品も、手紙も、公爵家の者に手渡すが、アイバンに返事が戻ってくることはなかった。


 まだ国王と王妃が健在であったため『春花祭』への出席は婚約者として必須ではなかった。

 ヴィオレッタの体調を優先し、アイバンは一人で祭壇に立ち何もない素振りで国民に手を振り、言葉を交わしていた。しかし、その心は常にヴィオレッタの身を案じていた。



 そして、二年の月日が経ち、あれほど扉を閉ざしていたナイトシード公爵から呼び出しの声がかかった。



 アイバンは馬車ではなく愛馬を飛ばし、逸る気持ちを抑えて公爵家へ足を踏み入れた。

 そこで待っていた公爵夫妻の表情を見た瞬間、アイバンの心臓は早鐘を打った。


「……ヴィオレッタが、亡くなった?」


 アイバンの掠れた声は思いの外、大きなものになった。

 その問いに公爵は重苦しく頷いた。


「左様でございます。流行り病の毒が体に回り、三日前の夜……息を引き取りました」

「待ってくれ、なぜすぐに報せなかった! 葬儀はどうした? 王太子の婚約者なのだぞ!? 王家の医務官に見せる必要があっただろう!」

「それは叶いません、殿下」


 夫人であるビンセンティアが一筋の涙を頬に伝わせ、毅然とした態度でアイバンの言葉を遮った。


「我が娘は病により、見るも絶えぬ顔に成り果てました。あの子は……誰よりも国を愛し、殿下を愛しておりました。そのため、変わり果てた顔を晒し物のように見せることをあの子自身が拒んだのです」

「夫人……! だがっ」

「殿下! どうか、美しかった頃のあの子の記憶だけを留めてやってはいただけませんか。これは同じ女として……常に思い人の前では美しくありたいと願う女の気持ちですわ」


 ビンセンティアの言葉はあまりにも理不尽で一方的な言い分に聞こえるが、女の気持ちだと言われてしまえば、それはアイバンには分からないものになってしまう。


 アイバンが狼狽し、言葉を失った。



―――通常ならばありえないはずだ。王太子の婚約者を、王宮の医務官にも見せずに事後報告するなど……!



 狼狽するアイバンを横目に、公爵は妻であるビンセンティアの肩を抱いた。


「妻の言う通りです。ですので、葬儀も身内だけで行いました」

「そんな……」


 アイバンが言葉を失い、呆然としていると、公爵は扉の向こうへ合図を送った。


「悲しみに暮れる殿下に、紹介せねばならぬ者がおります。ヴィオレッタの妹で、最後まで領地にて看病をしていたカルミアです」

「妹……?」


 現れたのは亡くしたばかりの姉を悼むにはあまりにも派手な、淡いピンクのドレスに身を包んだ少女だった。


 少女は朗らかで微笑みを浮かべると、アイバンの前で膝を折った。


「初めまして、アイバン殿下。カルミア・ナイトシードと申します。お姉様から殿下のことはうかがっております」

「…………」

「今日からは私がお姉様に代わって、殿下の婚約者としてお仕えさせていただきますわ」

「そういうことです、殿下。婚約は王家と公爵家の契約です。ヴィオレッタが亡くなったからと、なくなる話ではございません」


 鈴を転がすような声と、低く有無を言わせぬ声。

 アイバンは目の前の状況を瞬時に整理すると、少女――カルミアを見つめた。



―――ヴィオレッタに妹などいなかったはずだ。既に教育済みの妹……あぁ、ヴィオレッタ。私がお前に真実を話してしまったばかりに……。



「分かった。だが……最後にヴィオレッタとよく訪れていた東屋に行きたい。構わないだろうか」


 アイバンの沈痛な願いに、公爵はカルミアに案内するように命じた。


 庭園を歩く間、カルミアは絶え間なく喋り続けていた。

 自身が努力しているという刺繍のこと、王都の流行の菓子のこと、領地の看板となるべく宝石のデザインをしていること。


 輝くような笑顔を見せて、自己紹介代わりに話される言葉たち。

 そこには、わずか三日前に姉を亡くした者の悲しみは、欠片も感じ取れなかった。


 パキ、と小さな枝が折れる音がする。


 王都で流行している令嬢や若い婦人が履いている靴が、ちらりと見えた。最新作のその靴は、領地で療養していたヴィオレッタを看病していた者が手にするには、早すぎる品物だった。


「まあ! 殿下、見てください! あそこ……お花が綺麗に咲いていますわ。お姉様がいなくなって寂しいけれど、私が殿下のお傍におりますので、きっと殿下もすぐに元気になれますわ!」



 屈託のない笑顔でアイバンの腕に絡みついてくるカルミアに対し、アイバンの感情は冷え切っていく。



 姉の死を嘆く素振りすらしない、底の浅い女(カルミア)



―――ああ、そういうことか。お前たちは、最初から彼女(ヴィオレッタ)を消すつもりだったんだな……。



 腕を振り払うことをしないアイバンに、カルミアは微笑みかける。


 怒りで震える指先を悟られぬように、アイバンは拳を握りしめた。

 今のナイトシード公爵家の勢力は、王家ですら無視できないほど強大である。この茶番を拒否すれば、ヴィオレッタの今までの努力が無に帰してしまう。


「……案内してくれて、ありがとう。カルミア」

「はいっ、アイバン様……」


 アイバンは口元を釣り上げて笑う。

 その歪んだ口が上手く上げられている自身はない。だが、カルミアは親愛の笑みと受け取り、満足げにその胸に頭を寄せた。



―――君がどのような姿になろうとも、私は愛すると君自身に誓った。それを知っている彼女が、自らの美しさのために治療を拒むなどあり得ない。あり得るはずがないんだよ、公爵……。



 政略結婚とはいえ、ヴィオレッタとアイバンは確かに愛しあっていた。

 公爵たちが知らない景色を、話を、思いを育んできた二人にしか分からないことがある。アイバンは消えてしまったヴィオレッタの姿を虚しく東屋に探した。


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