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公爵令嬢は愛人となり、いずれは母となる  作者: 白根 ぎぃ
第二章

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44/50

44、ヴィオレッタとの再会【後】




 ふう、と一息吐いてヴィオレッタは言葉を紡ぐ。


 その一息が不安からなのか、気持ちを落ち着かせるためなのかは、カルミアには分からない。


(わたくし)も一年前、その病にかかったの」

「え?」

「……私は王太子の婚約者として、公務でチャリティや慰問活動をしていて彼とは一度会ったことがあるわ。アイバン殿下も彼とお会いして、民のためにも力になりたいから資金を出すことを約束し、民の治療に関わってくれないかとお願いしたの」

「そ、そんなに凄い男だったのですか……?」

「ええ」


 ヴィオレッタはにこりとほほ笑んだ。


「けれど、彼は頷かなかった。『俺はこの国のためになりたいわけじゃない。暇だったから治療してやってただけだ。それに自分は旅人だから、ここに定住する気もない』とはっきりと言い切ったわ」

「え? 王太子様の言葉を切り捨てたなんて……! 非常識だわ!」

「カルミア、違うわ。彼だって一人の人間よ。そして話を聞く限り、彼はこの国の民ではない。私たちが縛り付けて良い方ではないわ」



―――何を言ってるの? 黙って紐でも鎖でも持ってきて連行すれば良かったのに……! 殿下に暴言を吐いた罪とかなんでも理由を付ければいいじゃない……! この国の次期国王に歯向かったも同罪でしょ!? 



 カルミアは、なぜそんな理由でアイバンとヴィオレッタが納得したのかが分からなかった。


 旅人でも所詮は一人の人間。

 王族に逆らうなど許されることではない、とカルミアは思っている。


「殿下とも話し合ったうえで、彼のことは見守ることにしたわ。もちろん、彼に聞いたのだけれど、ずっと治癒魔術(キュア)をかけ続けるのは自然治癒力を下げてしまうから駄目なんですって」

「へえ……」

「そんな時に私が同じ病にかかってしまったの。でも、私はちょうど良いと思ったわ。自分の体で、彼の魔術がどのようなものなのかを試せるなんて、素晴らしいことだと思ったの。両親に願い出たわ。彼の治療を受けさせてくれ、と」

「……でも、大金を要求するのでしょう? 公爵家が払えない金額なんて、あるわけがない。お姉様の顔には痣があるから、失敗したってこと?」


 カルミアの率直な問いに、ヴィオレッタは首を振る。


「いいえ。そもそも受けさせてもらえなかったの。『大貴族である我が家が、あのような素性も分からぬ者の治療を受けさせることはできない』と父から叱られたわ。でも、公爵家に備蓄されていたはずの薬を飲むことも、許されなかった」

 ヴィオレッタの淡々とした告白に、カルミアは双眸を大きく見開いた。


 流行り病の薬を管理しているのは今でも、ナイトシード公爵家のはずだ。城で薬を管理している医務課の倉庫には、瓶詰の薬湯が山積みされていると客に聞いたことがある。


「なんで……薬湯すら飲ませてもらえなかったの……?」

「分からないわ。高熱が出る直前に、魔術師の話をしたからかもしれないわね」

「そんな……酷い……」

「医師を呼んでも熱は下がらず、三日三晩……私は高熱で意識をほとんど失っていたわ。ようやく熱が引いて意識が戻ると、私の顔にはこの痣が浮かび上がっていたのよ」



―――どういうこと? 実の娘であるヴィオレッタに薬湯を使わせなかった……? 自分たちの考えに反したことをしようとしたから、罰を与えたということ……? 分からないわ……。



 しかし、ヴィオレッタに対することよりも、それ以上にカルミアの頭の中を占めたのは、薬湯のことであった。


 カルミアは昔を思い出す。


 父がまだ王宮で職に就いていた頃に『()()()()』と言って、かなりの数の薬湯を同僚と持ち帰っていた。


『おい、また持って帰ってきてやったぞ』

『あら、また? 大丈夫なの、こんなに持って帰ってきて』

『ああ、大丈夫だ。ナイトシード公爵から毎月格安で城に納品されているらしくてな、入れ替えで古くなったものは捨てるんだと。ならば、貰って飲んでやるほうが良いだろう』

『もったいないことをするものね! それなら、私たちが飲んだって罰は当たらないわね』

『ああ、そうだ。コニー、お前も欠かさず毎日飲め。絶対に病気になんかなるなよ』

『うん。お父さん、お母さん』


 城から廃棄される予定の薬湯を家族全員、カルミアも含めて毎日一本ずつ飲んでいた。流行り病の時期など関係なく毎月納品されては、毎月捨てられる。


 それほど多くが城の中にため込まれていたのだ。


『王宮にはいくらでもあるし、先に飲んでおけば病にもならんだろう。ハハハッ』


 父が王宮での職を辞するまで、その行為は続いていた。最後の方は廃棄されないものまで持ち出していたが、カルミアには関係のないことであった。



―――あの人が勝手に持ち帰っていた薬湯のおかげで、私は一度も病にかからなかったのかもしれないわね。まあ、醜い性根ではあったけど、そのことについては感謝しておいてもいいかもね。だって……顔にあんな青紫色の痣があったら生きていけないもの!



 カルミアは内心で嘲笑う。


 なぜ公爵夫妻が貴族や民の間でも人気があり、何事も完璧にこなす王太子妃の座が約束されているヴィオレッタに薬を与えようとしなかったのか。


 カルミアは一つの考えに行きついた。


 やはり、どのレベルの貴族の家であろうと、娘は政の道具としか見ていないのだ。



―――なんだ、公爵家も男爵家も変わらないじゃない。可哀想に……。きっと、どんなことを言っても、未来の王太子妃だから許されると思ってしまったのね。お義父様とお義母様は薬湯があるのに、どこの者かも分からない魔術師なんかを頼ろうとしたヴィオレッタを、もう死んでも構わないと思った。だからこそ、可愛くて、従順で、判断の早い私が必要とされたんだわ。



 アイスグリーンのベールが外され、美しい顔に刻まれた青紫の薄い痣。


「ねえ、お姉様。体の方は大丈夫なの?」

「体?」

「そう。顔の痣を殿下がお許しになっても、体は大事でしょう? だって、未来の王太子妃なんだもの。子供が産めなくちゃダメじゃない!」

「カルミア様!」

「きゃあっ」


 カルミアの唐突な問いかけに、控えていたサーラがわずかに声を張り上げた。

 ビクリと体全体を使って驚いたカルミアを庇うように、ヴィオレッタはサーラに向かって手を上げる。


「サーラ。カルミアの言う通りなのだから、声を荒げないで」

「お、お嬢様……ですが……」

「お姉様、ごめんなさい。私、お姉様を馬鹿にするつもりなんてないのよ。でも、大事なことでしょ?」

「ええ、もちろん。体は大丈夫、とは言い切れないの。高熱の期間が長かったから……医師もその辺は正確には分からないと仰られていたわ」

「……ああ、そうなのね」


 カルミアはこの部屋に入って来て、初めて切なげに視線を下げたヴィオレッタを見て、甘く痺れるほどの優越感を覚えた。



―――ああっ! 可哀想なヴィオレッタ! 体のことなんてヤッてみないと分からないものね。でも、結婚前に王家の仕来り(しきたり)でヤることはできない……! ああ、可哀想……可哀想、可哀想、カワイソウッ!



 自分は健康で、愛嬌があって、酷い病にもかかっていないから大丈夫。



「……お姉様、本当にお辛かったでしょう。きっと、その魔術師に治療をしてもらえていたら、そんな痣もなかったのかもしれない。そうだ! 今からでもその魔術師を探すのはどうですか?」


 カルミアは心底心配しているような表情で提案をした。

 その口元は口の前に置かれた手で隠れているが、醜く歪んでいた。


「……ヴィオレッタお嬢様が病から回復した後、私どもで魔術師を探しましたが、すでに国を出た後でございました」

「まあ、そうだったのね……。では、お姉様の顔はずっとそのままなのね」

「…………恐らくはね」

「王太子様にその顔は見せたの?」

「……いいえ。私がこの別館にいることは、この家の者以外には知らされていないの」

「あら……王太子様はきっと寂しいでしょうね」

「……そうだと嬉しいけれど。でも、殿下は私がどんな姿であっても一緒にいようと言ってくださっているから、心配いらないわ」


 ヴィオレッタの穏やかな微笑みが、一瞬だけ凍りついたかのようになった。

 しかし、すぐに元の穏やかな表情となり、カルミアは気づくことさえできなかった。


「ああ……そう。それなら、私はお姉様を応援するわ! だって、これこそ愛って感じだもの!」


 もの言いたげな目をしたカルミアは瞬時に表情を変えて、明るく振舞った。その姿にヴィオレッタだけは優しく微笑み、侍女のサーラとベラは唇を噛み締める。



―――この二人の侍女が公爵夫妻から話を聞いていないはずがない。でも、ヴィオレッタにはまだ知らされていない、ということね。ヴィオレッタ、あんたのその座は私が貰うの。公爵令嬢なんかよりもっと上の、王太子妃になるのは私よ。

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