43、ヴィオレッタとの再会【中】
ベラが注いだ紅茶から湯気が立ちのぼる。
ヴィオレッタの指先は水仕事など知らないように、細く白く美しい指先をしていた。その指先がゆっくりとアイスグリーンの薄いベールにかけられる。
「……驚かせてしまったら、ごめんなさいね」
静かな言葉と共に薄いレースがさらりと取り外された。
「っ!」
その瞬間、カルミアは思わず声にならない声を漏らした。
露わになったヴィオレッタの顔。
その右側に額から頬にかけて、まるで色が付けられたかのように、青紫色の痣が肌に現れていた。
―――怪我とかじゃなくて、痣ですって……? もっと見れないほどのものかと思っていたのに……こんなの、これって……嘘よ……!
カルミアが声を上げたのは、おぞましかったからではない。
広範囲に広がるその痣をもってしてもなお、ヴィオレッタの顔の美しさは損なわれず、どこまでも清らかであった。瞳には強い光を宿しており、何も恥じてはいない表情である。
痣があってもヴィオレッタという存在は、何にも見劣りはしなかったのだ。
「……お姉様、それは……傷ではないのですね……。痣、ですか」
「驚かせてしまったわね。ごめんなさい。そうよ、あなたに会えなかったのは、この痣のせいなの」
ヴィオレッタは自嘲気味に微笑むこともなく、ただ静かに微笑みカルミアを見つめた。
「なぜ……そんなことに? 顔が出せないと聞いておりましたが、これは、その、その……」
「ふふ、いいのよ、言いにくいわよね。カルミア、あなたは一年前に少しだけ流行りそうになった病を覚えているかしら?」
ヴィオレッタの問いに、カルミアは記憶を辿った。
一年前。
王都を恐怖に陥れようとした病があった。
それは、かつてヴィオレッタたちが幼少期に王都で流行した病と同じものであった。ナイトシード公爵家がその病の治療薬を発見し、王家に格安で売り渡した過去がある。
幸いにもヴィオレッタも王子であったアイバンも罹患しなかったが、その薬を王家に渡したことでアイバンとヴィオレッタの婚約が決まるきっかけとなった。
その病をこの国の者で知らない者はほとんどいないだろう。
幼い子供もまた、親から教えられてナイトシード公爵家に感謝をする。
「ええ、覚えてます。でも、一年前はあの時のように大きな被害にはならなかったと……。確か、未然に防がれたと聞いたわ」
カルミアの言葉にヴィオレッタは頷いた。
「そうね。あの病が最小限で食い止められたのは、王都に現れた一人の魔術師のおかげなのよ」
その言葉にカルミアの脳裏に、働いていた店で聞いた一つの噂が蘇った。
この国で魔術を使うには、本来なら妖精と契約してその力を借りる必要がある。
しかし、その男は妖精の力も借りずに、己の力だけで治癒魔法を操ったと聞いた。基本的にこの国には、傷を治すなどと言った治癒魔法は存在しない。
―――魔術師のおかげ? カフェで聞いたあの男のことかしら……?
元々魔力を持っている人物は貴重な人材であり、さらに妖精と契約していないと魔法を操れないため、怪我や病気などで人を治すという概念が存在しなかったのだ。
簡単な怪我や病気などは薬草などを使った薬湯を飲み、重度な症状の場合は教会関係者の祈りと言う名の妖精の力を借りた回復魔法を高額な寄付ができる者にのみ使用していた。
「その方は、治癒魔法を貴族や平民問わずに使っていたらしいの」
男は救貧院に居座り、貧しい者からは飴玉一つ、スープ一杯、あるいは片方の靴下といった金にもならない代価で治療を請け負っていたらしい。ただし、貴族や富裕層には、かなりの大金を要求していたという。
それは、以前の職場で聞いた話と同じである。
―――ああ、やっぱり。不細工だと揶揄われていた魔術師のことね。
カルミアも噂には聞いていた。
その男は顔が酷く醜いため、貴族や若い令嬢たちからは忌み嫌われて避けられていた。カルミア自身も、どれだけのものか面白いもの見たさに救貧院にまで足を運んだが、姿を見ることができなかった。
ただ、救貧院から出てくる人たちの言葉は覚えている。
『薬湯の効き目はまちまちだが、あの魔術……いや、魔法と言っていたか? あれは凄いな』
『ええ、ええ。良かった、数年前のあの流行り病と同じ感じだったから、一時はどうなることかと思ったわ……ああ、坊や、本当に良かった』
『俺らは金がねえからパンを持っていったら、一切れでいいだなんて。欲のない人だ……』
『あの見た目だからお貴族様もなかなか治療には来ないらしいから、俺たちとしてはありがてぇ』
―――噂通りの醜い男なのね。見た目が悪いくせに、せっかくの大金を稼ぐ機会をドブに捨てるなんて、何て馬鹿で欲のない奴かしら。
カルミアは当時、その男を内心で鼻で笑っていた。
稼げる術を持っているのにそれを賢く使わない馬鹿な男。それがカルミアの男に対する率直な感想だった。
「その方は、街でも有名だったわ。ただ、その……私の口から言っていいのかは分かりませんが、かなり醜く貴族や裕福な家の者は嫌っていたとか」
「お顔のことは別にしても、あの方を貴族が嫌っていたのはその通りよ」
「でもお姉様、それが今のお姉様の痣と何の関係があるの?」
カルミアが首を傾げると、ヴィオレッタは静かにティーカップの縁を指でなぞった。
その仕草すらも美しく、カルミアはじっと見惚れるしかなかった。
ヴィオレッタが話すであろう、次の言葉を待つために。




