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公爵令嬢は愛人となり、いずれは母となる  作者: 白根 ぎぃ
第二章

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42、ヴィオレッタとの再会【前】




 サーラに案内されて、カルミアは別館の中へと進んだ。

 外は薄暗く感じたが、別館の中は綺麗に掃除がされ、季節の花や美しい絵画が飾られていた。


 静寂の中、二人だけの足音が響くが居心地の悪さは感じない。

 それは、この邸の主の性格なのか、雰囲気なのかは分からなかったが、落ち着いた空気が流れていた。本館の豪奢で常に人の目があり、落ち着かない雰囲気とは異なり、どこか懐かしさを感じる温かさがあった。


 サーラが一つの部屋の前で立ち止まると、ノックをする。

 中から美しい声が聞こえ、カルミアの胸が早鐘を打つ。


「どうぞ」


 サーラとは別の侍女が部屋の中から扉を開けた。

 その顔にカルミアはハッとする。やはり、七歳の祝いの時にあの場にいた侍女であった。


「カルミア様、お待ちしておりました」

「え、ええ。ベラさん……でしたね」

「はい」


 ニコリとほほ笑んだベラの隣を通り抜ける。

 部屋の中央にある質素なソファに腰を下ろしていた人物が立ち上がると、カルミアへ声をかけた。


「……カルミア、久しぶりね」


 かつてのままの、美しく清らかな声だった。

 しかし、以前の少女の時に見た姿でも、神殿のバルコニーで王太子であるアイバンと並んで笑い合っていた姿でもない。



―――ヴィオレッタ様……。いえ、ヴィオレッタ。ようやく会えたわ。今まで私を無視していたこと、今日、思い知らせてあげる。



 一年という月日で、ヴィオレッタに何があったのかは公爵夫妻からは聞かされていない。



 カルミアもまた、興味がなかった。



 ヴィオレッタはトークハットをかぶり、顔を覆い隠すように薄いグリーンのベールがふわりと垂れていた。



―――部屋の中でトークハットにベールねえ……。



 ベールは髪色に合うように薄いグリーンのレースでできており、側面の下側に少しだけ金糸で刺繍が施されている。その刺繍に目が行くことで、顔の輪郭や目鼻立ちの印象がぼんやりとしたものになっていた。


「ヴィオレッタお姉様、ご機嫌よう。私もお姉様にお会いできて、本当に嬉しいです」


 カルミアは可愛らしく、小首を傾げて挨拶をした。


「私もよ。さあ、カルミア、こちらへ来て」

「はい、お姉様……。あっ」

「どうかした?」

「私、お姉様のことも考えずにこんなドレスを着てきてしまって……!」

「まあ、いいのよ。私はあなたに会えただけでも嬉しいのだから」


 カルミアはヴィオレッタの前まで、既製品とはいえ高価なドレスの裾を掴む。

 そして、美しい刺繍やレースを見せつけるようにして広げた。今、正反対にヴィオレッタは、地味ではあるが動きやすく飾りの少ない室内着としてのドレスを身に着けている。


 まるで自分がドレスを自慢しているようだ、と落ち込んでいるように見せた。



―――ああ、可哀想なヴィオレッタ。そんな質素で飾り気のないものを着ちゃって……。それに、何このソファ。かなり使い古されてるわね。



「さあ、狭いところだけど、座ってちょうだい」

「……はい、お姉様」


 ヴィオレッタは目を細めて微笑みながらソファに座るカルミアを見届けると、自分も腰を下ろす。

 そして、嬉しそうに弾んだ声でカルミアへと話しかけた。


「ごめんなさいね。この別館、来るまで薄暗くて驚かせてしまったかしら。あなたが養女としてこの家に迎えられたことは、聞いていたのよ。でも……お父様とお母様から、あなたの勉強に邪魔になるから、あなたが公爵家に慣れるまで、会ってはいけないと言われていたの。でも、今日……あなたから会いたいと言ってくれて、嬉しかったわ」


 ヴィオレッタはそう言うと、ベール越しにも分かるほど優しく目を細めた。

 発せられた言葉に邪な気持ちはなく、純粋な喜びだけが滲んでいる。まるで、本当に嬉しいとでも思っているような声色だった。


「それにしても、一年間……大変だったでしょう? 公爵家の都合で、あなたの大切な名前まで変えさせてしまったと聞いたわ。無理はしていない? ずっと心配だったのよ」


 向けられたのは、カルミアを心から案じているような言葉だった。


 カルミアの心に、少しの苛立ちが走る。

 なぜ、この女は他人の心配などしているのか。名ばかりの男爵令嬢から公爵令嬢に成り上がった自分に対して、今、()()()()()()を向けているのか。



―――……は? なに、なんなのよ。今、こいつ……私を哀れんでるの? 自分はお義父様とお義母様から見捨てられてるっていうのに……!



 ヴィオレッタの、純粋にカルミアを想う気持ちは、カルミアには届かない。

 カルミアにとって、今一番可哀想な存在はヴィオレッタであって、自分ではないのだ。かつての自分は確かに惨めであった。だが、今本当に惨めなのは誰なのか。



―――本当に惨めなのは誰か……教えてあげる。



 無意識に扇を取り出して、苛立ちを押さえつけるように握る。


「まあ、お姉様。そんなに私のことを思ってくださるなんて……お優しいのね。でも、家庭教師の先生や公爵家の皆さんがとても優しくて、楽しく過ごさせてもらっているわ。公爵令嬢として、お義父様やお義母様にも可愛がってもらえて、私、本当に幸せだわ」


 カルミアは満面の笑みを浮かべ、幸せであるとはっきりと告げた。

 そして口を開こうとしたヴィオレッタを遮るように、言葉を続ける。


「そうだわ! やっと、お会いできたのですもの。お姉様の体調が良ければ、一緒にお茶をいただきませんか?」


 カルミアは明るい口調で提案した。

 お茶を飲むということは、顔全体を覆っているベールを外すか、ずらすことになる。なぜ、ヴィオレッタがベールを顔に纏っているのか、考えれば分かることではあるが、知らないように微笑みながら顔を覗き込んだ。


「でも、そのベール……。あ、お姉様、私のことは気にしないでください。やはり、やめましょう……。私、お姉様のことも考えずに失礼だったわ……」

「……いいえ、嫌ではないわ。私もこの顔、隠しているわけではないの」

「ヴィオレッタお嬢様!」

「ベールは……」


 控えていたサーラとベラが、困惑と緊張を顔に浮かべて視線を交わす。


 ヴィオレッタのベールについて触れることは、今の公爵家にとって最大のタブーのようなものである。だからこそ、公爵夫妻も長年働く使用人たちも、誰もカルミアにこの話をしていなかった。



 ただし、ナイトシード公爵がヴィオレッタのことを『()()()()()()()()』と言ったことで、顔か体に傷が付いたのだろうということを、カルミアは感じ取っていた。



―――……馬鹿ね、平民と一緒に暮らしているとこんな話はよく聞くのよ。



 サーラがわずかに口を開き、カルミアに対し制止の言葉を紡ごうとした。


「カルミア様、お嬢様は……」


 しかし、その言葉を遮ったのはヴィオレッタ本人の穏やかな声であった。控えているサーラとベラに向けて手を上げて微笑む。


「ベラ、サーラ。いいのよ。だって、カルミアと私は姉妹だもの。隠し事をする必要はないわ」

「姉妹……そうよね、お姉様。私たち、姉妹になったものね」

「ふふ、そうね。カルミアの言う通りだわ。せっかく妹が会いに来てくれたのですもの。顔も見せないままでは失礼よね。ベラ、お茶の準備を」

「お、お嬢様……! 本当に、よろしいのですか?」


 サーラが震える声で問いかける。

 隣に控えていたベラがサーラの肩に触れると、ヴィオレッタはベール越しにカルミアを真っ直ぐに見据えた。


「ええ、構わないわ。可愛い妹の初めてのお願いですもの。さあ、ベラ……お茶の準備をお願いね」

「承知いたしました、ヴィオレッタお嬢様」


 ヴィオレッタのその声には、不安や、悲しみなど何も含まれていない。


 単純にカルミアとの時間を楽しもうとしていた。

 疑うことを知らないわけではない。だが、ヴィオレッタは隠す必要もないと本当に思っているのだ。時が来て、アイバンと会う日が来てもヴィオレッタは隠さずに本来の姿を見せるであろう。


 もしそれで、アイバンに嫌われるのであれば、それまでのことだと割り切っていた。


 ヴィオレッタのそんな覚悟も知らず、カルミアは胸を高鳴らせた。


「嬉しいわ! 数年ぶりにお姉様の素顔を見られるのね」


 カルミアはこの時だけは偽りのない、純粋な笑みを浮かべヴィオレッタを見つめた。

 頬を赤らめヴィオレッタを見つめる顔は、恋をする乙女のような顔であった。


 やがて、ベラが茶器を運んでくる。

 カチャリとわずかに音を立てながら、二人の目の前に並べられていく。


「さあ、用意ができたわね。楽しみましょう」



 注がれた紅茶が並べられ、ヴィオレッタはベールにゆっくりと手をかけた。

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