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公爵令嬢は愛人となり、いずれは母となる  作者: 白根 ぎぃ
第二章

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39、ローゼ伯爵夫人の判断




 翌日からカルミアへの指導は、話し合われた通りのものとなった。


 主要な貴族の家名、領地の知識や血縁関係。

 高位貴族の令嬢なら知っていて当然の教養を学ぶ時間は、全て中止された。


 その代わり、礼儀作法や姿勢、歩き方の指導だけは続けられることとなったが、そのやり方は以前とは完全に別のものとなった。


 ローゼによる歩き方の指導の日は、カルミアにとって一番憂鬱な日であった。


 部屋に入って来たローゼは、いつものような冷たい目ではなくにこやかな笑顔であった。

 それに驚きつつも拙い姿勢で挨拶を交わす。いつもならばその姿を見るだけで溜め息を吐くローゼが、その場に立ち止まりカルミアの肩に手を置いた。


「カルミア様、どうぞ姿勢を戻されてください」

「は、はい」

「慣れない暮らしの中で、私どもも詰め込みすぎておりましたわ。本日からはお茶を楽しみながら、ゆっくりと覚えていきましょう」

「え? いいんですか……?」

「はい。公爵閣下にも許可は得ております。今まで色々なことを勉強して大変でしたでしょう?」

「は、はい! 私もそう思います!」


 令嬢らしからぬ大声の返事にも、ローゼは何も言わずにこやかに頷いた。

 待機していた侍女にローゼは、王都で流行りのクリームたっぷりのケーキを持ってこさせる。ひと月の間、公爵家の料理人が作る料理は、全てが見たことがないくらい豪華で美味しかった。


 だが、王都の流行りのケーキなどは一度も出てきたことはなかった。


「こちらのケーキ、王都でも流行りのケーキですわ。私も侯爵夫人の茶会でいただきましたが、恐らく若い娘は好きなのではないかと思いまして……。どうでしょう、カルミア様はお好きですか?」

「あの、私……食べたことなくて、でも凄く可愛らしいです」

「まあ、お気に召していただけたようで良かったです。それでは、本日の授業ですが……席に着席するところを見せていただいてもよろしいでしょうか?」

「は、はい! 頑張ります!」

「ふふふ、焦らなくていいのですよ。ゆっくりどうぞ」


 ぎこちなくも音を立てずに座るその仕草。

 幼い令嬢でももっと上手にできるが、ローゼは大げさにシルクの手袋をはめた手を叩いて褒めた。


「まあ! お上手ですわ。あなたたちカルミア様の好きなケーキを取り分けなさい」

「承知いたしました。ローゼ伯爵夫人」

「本当ですか? 良かったぁ!」


 ただ数歩歩いて座っただけだ。



―――おばさん、分かってるじゃない! そう、私だってやればできるのよ。いっつもあんな重い本を頭の上に載せられて歩かせられるんじゃ、上手く歩けるはずないじゃない。何がヴィオレッタは五歳でできてたよ、嘘ついてんじゃないわよ。



 これが新しい指導法である。

 普通以下であっても褒め、少しのミスは見なかったことにする。ローゼたちは気付いていたのだ。カルミアは()()()()()()()()()()()()()()娘であることを。


 目の前に並べられるケーキ。


 カルミアは目を輝かせてテーブルを見る。温かな紅茶が注がれ、その香りも初めてのものである。


「こちらの紅茶は我が領地のものです。隣国にも出荷しており、カルミア様にも飲んでいただきまして持ってきました」

「隣国に?」

「ええ。かなり珍しくて高位貴族でも、なかなかこの香りを嗅ぐことも難しいかも知れませんわ」

「そ、そんなに珍しいものを……」


 カルミアはティーカップを持ち上げる。

 慣れない指の使い方に震えるが、どうにか堪えて紅茶を一口含む。

 香りと味のよい茶葉なのだろう、口に含んだだけで分かる。カルミアはローゼを見ながら目を見開き、顔をほころばせた。


「なんて、味わい深い茶葉なのでしょう! 私、初めて飲みましたが、これは確かに出回りませんねっ」

「ええ、そうでしょう? どうぞ、ケーキを食べながら、お飲みになってくださいね」

「はいっ」

「それでは、カルミア様。本日の授業はここまでといたしましょう」

「え?」

「紅茶もケーキも好きな方に食べていただいた方が嬉しいでしょう」

「でも、いいんですか……?」

「もちろんです。私どもはカルミア様に楽しみながらお勉強をしていただきたいのですから。ゆっくり覚えていけば良いのですわ」


 ローゼは扇を広げ口元を隠しながら微笑んだ。

 その笑みは女のカルミアから見ても妖艶で美しかった。ローゼは席を立つと、その場でカルミアが行ったのと同じように礼をした。全くぶれない頭と体。これこそがローゼが教えたいことなのだ。


 静かにローゼは部屋を出た。


「あの茶葉が味わい深いですって? ふふ、高位貴族が飲んだこともないのは当然ですわ。あれは管理が悪く、劣化した古い茶葉なのですから出回ることはないもの。やはり……教養がないというのは罪なことね」


 ローゼは連れている侍女にだけ聞こえるように小声で話した。

 侍女もまたローゼの言葉に頷いた。


「独特なセンスをお持ちでいらっしゃいましたね」

「まあ、面白いことを言ってくれるわね」

「奥様に無意味なことをさせているあの娘が腹立たしいのです」

「あらあら、可愛いことを言ってくれるわね。でも、大丈夫。あの娘にはゆっくり楽しくお勉強をしてもらうんですもの。私の出番は減りますよ」


 実際、あの茶葉は収穫から数年も放置され、味も香りも劣化しきった代物であった。

 ローゼに教えを請うような貴族令嬢ならば、一口で見抜くはずの代物だ。それを()()()()()と聞かされただけで、()()()()()()()()()()だと思い込み、カルミアは感想を述べたのだ。



 そんな品も教養もないカルミアを見て、ローゼは今後の判断を下した。


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