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公爵令嬢は愛人となり、いずれは母となる  作者: 白根 ぎぃ
第二章

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38、教師からの報告




 扉が閉められると、ローゼはとある部屋へと向かった。


 その場にいるのはカルミアに講義をしている家庭教師たちである。

 皆、一様に疲れた顔をしており、終了の時間よりも早く戻って来たローゼが部屋に入って来るのを見やった。


 歴史を教えている教師は眼鏡を拭きながら、力なく首を振った。


「……信じられん。王国の歴史も知らず、教えている最中にあくびをしておった。挙句の果てには『昨日勉強しすぎたので眠い』という始末……。学ぼうという気を全く感じん」


 隣で刺繍の針を片付けていた夫人も、深いため息を吐いた。


「私は刺繍を教えておりますが、こちらもひどいものですわ。ひと針刺しただけで『指が痛いわ。こんなものをして何の役に立つの?』と大げさに言われたのです。刺繍は淑女にとって大切なものだと教えましたが『買えば楽でいいじゃない』と……。私はもうお教えできる気がいたしません……」


 刺繍を教える夫人は、子爵家の夫人ではあったが、その刺繍の美しさは国内一だと言われている。

 夫人自身は至って平凡な夫人であり、最初はこの役目すらも辞退したのだ。


 だが、憧れであったローゼに再度頼まれて引き受けたのだが、神に愛されているほどに美しい刺繍をすると言われている彼女を目の前にして、カルミアは『買えばいい』と言ったのだ。


 苦笑する者、苦虫を噛み潰したような顔をする者、呆れ果てる者、それぞれの表情でローゼを迎えた。


「ローゼ伯爵夫人、あなたもですか」

「何を教えても、すぐに言い訳をして……男の使用人にまで情けなくも色目を使い、女の私にも媚を売って同情を引こうとする始末。何も覚える気がないようですわ」

「ははは、これは手厳しい……」

「手厳しいも何もありませんわ。同じやり取りを何度も何度も……もうひと月は経っておりますのに、これでは幼子の方がまだ上手な嘘をつきましてよ」



 実のところ、カルミアが公爵家の養女となって教育を受け始めて、ひと月は過ぎていた。



 少しだけでも進歩していれば、ローゼも周囲も何も言うつもりはなかった。

 元から期待していなかったからである。だが、あまりの進歩のなさに家庭教師たちは辟易としていた。その日、講義をする者たちは毎朝顔を合わせ、進捗を確認し合う。そして、どの家庭教師も同じく進捗がないことに嫌気と、少しの安堵を感じていた。


 貴族令嬢らしく座っていることすらもできないカルミアに、ローゼは一つの答えを出した。


「……公爵閣下、ビンセンティア公爵夫人。あなたを指導した身として言わせていただきますが、あの令嬢を十六歳の令嬢として扱うには無理がございます」

「そうなのであろう」

「ローゼ夫人、私とヴィオレッタ……母娘二代にわたってお世話になって、私は今もあなたのことを先生と思っております。どうぞ、あの頃のようにお呼びください。そして、夫人の率直な感想をもっと聞きたいわ」


 今日の席には公爵夫妻が同席していた。

 ローゼが予め呼んでいたのだ。


「では、今まで通りビンカと呼ばせていただきます。あまりこのようなことを言いたくはありませんが、あの令嬢は三歳児と同等……いえ、それ以下です。歩かせただけで足を痛めたと言い、貴族名を教えれば熱が出たと嘘をつき……これを言うのはどうかと思いましたが、令嬢らしからず異性に媚を売るような目つきをするのです。あのようなことは公爵令嬢として恥ずべき行為ですわ」


 報告を聞いた公爵夫妻は、周囲に聞かせるようにため息を吐いた。


「そうですか。皆には不快な思いをさせましたわね。やはり下品な両親に似てしまったのね」

「そのようだな。致し方ない、方針を変えるしかないな。ヴィオレッタの代わりになるほどの教養は身に付かなくてもいいが、公爵家の人間としての立ち振る舞いだけは完璧に覚えさせなければならん」

「はい、閣下。私どももローゼ伯爵夫人と話し合いまして、教育方法を変えさせていただこうかと思います。失礼だとは存じますが、彼女に合う教育方法は高位貴族の幼い子女と同じように扱うことです」

「なんだと?」


 情けないほどに教育レベルを下げられたその方法に公爵夫妻は失笑する。


「公爵閣下、その反応も当然でございます。ですが、あの令嬢は幼子のように扱ってこそ、成長するようです。もちろん、その幅は狭いのですが、少しでも成長するためには致し方ないかと」


 公爵にも話を聞いていると、そうするしか方法がないことは見てとれた。

 公爵夫妻は互いに顔を見合わせて、この場にいる名立たる教師陣へと言葉をかける。


「そなたたちが悪くないことは、当然分かっている。むしろ、あのような娘を押し付けたことが、申し訳ないくらいだ」

「ええ、そうですわ。私は男爵家と縁戚というだけでも恥ずかしいと思っておりましたが、ここまでくると呆れかえって物も言えませんね」

「そうだな。私たちを気にすることなく、あの娘を思うように躾けてやってくれ」

「はい。お任せください。閣下と夫人の期待は裏切らないようにいたします」



 その言葉を聞くと、公爵夫妻は静かに部屋を出て行った。

 自分たちが呼んだ令嬢の不出来さに頭を抱えたくなったが、公爵夫妻は特に気には留めなかった。



『あの娘が出来損ないであったら、別の娘を見つけてきましょう』

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