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公爵令嬢は愛人となり、いずれは母となる  作者: 白根 ぎぃ
第二章

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35、ジギタス男爵夫妻




 カルミアと別れたジギタス男爵夫妻は、家令に連れられ別棟にある部屋に通されていた。

 家令と向かい合って座っているが、自分たちの普段住んでいる家よりも広く、豪華な部屋を興味深そうに見渡す。


 その不躾な仕草を無視するように、家令は男爵夫妻に話し出す。


「さて、男爵。先ほど閣下が仰った今後の話について、詰めさせていただきます」


 家令が合図をすると、控えていた若い使用人が机の上に数枚の書類と一目見て高価だと分かる革袋を置いた。カシャン、と袋の中で何かがぶつかり合う音が響く。


 その音を聞いた瞬間、男爵の目が卑しく細められ、夫人はごくりと喉を鳴らして体を揺らした。


「こちらは先ほどお話されておりました援助金でございます。お二人の生活を支えるために十分な額が入っております」


 家令が袋の口を緩めると、中からは見たことない数の金貨が光って見える。

 恐らく男爵家の全員が十年働いても見ることのできない額であった。


「おお……これは、これは……ありがたい。流石は公爵閣下、すぐにこのように……」

「これだけあれば、私たちも何不自由なく暮らせますわ」


 男爵よりも先に夫人の手が金貨に伸びそうになるのを、家令は視線一つで制した。


「さて、閣下と話されておりました条件を、再度確認させていただきます。コニーお嬢様は、今後()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()として、側近のような役割になります。公爵家の者としての覚悟を背負うことになりますので、ご両親であっても私的な接触は最低限とさせていただきます」



 男爵はその言葉の意味を理解するのに、少しだけ時間を要した。



「はあ」

「明日より王太子妃の話し相手として、これまで学んでこられなかった令嬢としての知識を身につけていただきます。お忙しい身になられますので、面会は多くても半年に一度。それも当家の許可が下りた場所でのみ、とさせていただきます」

「それは、両親である私たちともあまり会えないということですのね?」

「左様でございます。コニーお嬢様には男爵家での生活を忘れていただく必要がございます。王族の方の前で失礼な行いをされてしまいますと、男爵家は爵位剥奪もありえます」


 家令はもし、お前たちの娘が失敗すれば公爵家ではなく、男爵家の非であると暗に伝えた。

 その言葉の重さに、二人は顔を強張らせながら頷いた。


「ご理解いただけますでしょうか」


 普通、親であれば『半年に一度しか会えない』という条件に、一瞬の躊躇いや寂しさを覚えるものだろう。だが、男爵夫妻の反応は家令の予想通りだった。



―――半年に一度は金の話ができるということか。



―――王太子妃の側にいた淑女として箔をつけて、お役御免になった後は公爵から嫁ぎ先を用意してもらうように、コニーには今度話しておきましょう。



「公爵家の教育とは厳しいものですな。仕方ありません。娘のためだ、私たちが邪魔をするわけにはいかない」

「ええ、私たちも娘の幸せを第一に願っておりますもの。半年でも申し訳ありませんわ……。もし、娘が不出来であればしっかりと躾けてやってくださいまし」


 二人は娘と引き離されることへの感傷など、一欠片も持っていなかった。

 むしろ、公爵家で教育まで施してもらえて大金も手に入る、とにんまりと笑みを浮かべた。


「ご理解が早くて助かります。そして、閣下より特別にもう一点お話をお預かりしております。ジギタス男爵家の現在の邸宅ですが、歴史を感じる佇まいではありましたが、貴族である男爵家があのように平民と共に暮らすのはいかがなものでしょうか」

「それは……わ、私たちもそうは思っているのだが、あの場所からコニーが離れたがらなくてな」

「そうなんですの。主人も私も正直に言えば、もっと良い場所へ行きたいのですが、娘が平民の暮らしを学びたいと……ねえ、あなた」

「あ、ああ」


 夫人が扇で口元を隠しながら、薄い声で笑う。

 男爵もつられるように態度を合わせた。


「左様でございましたか。では、お二人はあの家に未練はないのですね?」

「ええ、もちろんよ。私も主人も貴族として、あの場所が好きではないけれど娘のために仕方なく……」

「それはよろしゅうございました! 私も閣下にお二人はコニーお嬢様のために、あの場に住まわれているのではないかとお話ししておりまして……」

「はあ、まあ……確かに、少々古いというか、その……娘のために……」


 借金こそないが、コニーがヴィオレッタから貰ったドレスを売り、宝石を売りさばいて暮らしている身である。今更、多額の金を支払って別の場所に住むことなど不可能である。


「それは良かった」


 どんな難題を言われるのかと男爵の額には冷や汗が伝う。

 家令はその様子を気にすることなく、机の上に置いた書面の一枚を二人の前に差し出した。


「王都の北側に公爵家が所有する別邸があるのですが、こちらの一つを貸し出したいと閣下が仰られております。貸し出しと言いましたが、家賃などを支払っていただく必要はございません。また、使用人の手配もこちらで行わせていただきます」

「こ、公爵閣下の別邸に住める……?」

「はい」

「あ、あなた……これはす、住まわせていただきましょう! コニーのためにも、私たちがあのような平民と同じ場所に住むのはよくないわ」

「確かに! 確かにそうだな」


 家令はこの場で初めてニコリと口端を上げた。


「これからはそちらの別邸を『ジギタス男爵邸』としてお使いください。コニーお嬢様は公爵家にて働きますので、やはりご実家である男爵家も最低限の体裁は整えていただく必要がございますので」

「そうですな……我々もそのように心しておきましょう」

「あの……バラが美しいと言われる別邸を私たちの家として……使用していいのね……」


 夫人の独り言の問いに家令が静かに頷くと、夫妻は手を取り合わんばかりに喜んだ。

 歴史を感じる佇まい―言葉は穏やかであるが、ようはボロ屋だということを言われたのだ。だが、二人はその言葉を気にとめることなどない。



 今、二人の頭の中は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことへの喜びしかなかった。



「是非、コニーを厳しく躾けてヴィオレッタお嬢様のお役に立ててくださいませ」

「そうだな。コニーも公爵家で働けて幸せだろう。我々も娘が幸せになるのは嬉しいですからな」


 家令は目の前で浅ましく笑う夫妻を、先ほど浮かべた笑みを張り付けたまま見つめていた。

 彼らはただ、娘を高値で売った先が伯爵家から公爵家へ変わっただけという認識なのだ。



 貴族の娘は生まれた時から役目がある。



 男爵家でも公爵家でも、どの家でも変わらないということを家令は知っていた。



「では、こちらに署名を。引越しに関しましては明朝、当家の者が手伝いましょう。今夜はこちらに客間を用意しておりますので、ゆっくりとお休みください」

「ああ、ありがとう。泊まるつもりなどなかったが、そこまで言ってもらえるなら泊まるとしよう」

「そうですわね」


 机の上に置かれていた書類に目を通すことなく、男爵は署名をする。

 夫人もまた契約書類に目を通すことはない。さっと署名を終えると、家令へと書類を手渡す。家令が中身を確認すると、頷き革袋を二人の前に押しやった。


「署名の確認ができましたので、こちらはお持ち帰りください」

「これはなかなかに重いですな」

「まあ、そうなのね。このような物を持ってあの平民が住む場所へは恐ろしくて行けないわね」


 夫人が男爵が持つ革袋の中を覗き込む。


「ああ、そうだとも。明日も僅かな持ち物だけ取りに戻り、すぐに別邸へと行こうじゃあないか」

「承知いたしました。コニーお嬢様の荷物などはいかがいたしますか」

「あぁ……いや、コニーの物などいらんでしょう。あれは欲がありませんでしたからな」

「左様でございますか。では、今後コニーお嬢様の必要なものなどは、当家で準備いたします」

「頼みます」


 男爵は金貨の袋を抱え、夫人は嬉しそうに笑い、使用人に案内されて意気揚々と部屋を出て行く。

 その後姿は娘への愛など微塵も残っていなかった。


 静まり返った事務室で、家令は二人が署名した書類を丁寧にファイルに綴じた。



「……救いようのない方々だ。目先の利益にとらわれる愚か者というところか」



 全てが慈悲なのか、あるいは公爵家の罠なのか。

 家令の呟きに応える者は、誰もいない。


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