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公爵令嬢は愛人となり、いずれは母となる  作者: 白根 ぎぃ
第二章

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34、カルミアは夢を見る




 護衛騎士と侍女に先導され、カルミアは与えられた部屋に着いた。


「カルミアお嬢様、こちらが本日よりお嬢様のお部屋となります」


 扉の前にはすでに使用人が立っており、カルミアたちが到着すると扉がゆっくりと開かれた。

 その部屋は日当たりがよく、公爵家の数ある部屋の中でも令嬢が住むには一番いい部屋に思える。

 部屋の装飾も、壁紙も、絨毯も、寝台とその周辺の全てが豪奢であり、コニーであれば死んでも見られなかったかもしれない。



―――いや、コニーのままなら死んでも住めなかったわ。



 カルミアは侍女の先導で中へと足を進める。

 柔らかな絨毯の上をゆっくりと歩く。沈み込む足が今までに感じたことないくらいであった。


「カルミアお嬢様、お部屋の内装はよろしゅうございますか」

「え、あ……はい、とても素敵です」

「承知いたしました。では、本日よりこちらのお部屋でおくつろぎくださいませ」

「はい」

「それでは私共は扉の前で待機しておりますので、何かございましたらそちらの紐をお引きください」


 ゆらりとベッドの枕元にある紐が揺れる。

 少しかさついた指でその紐に触れて、カルミアは頷いた。その頷きを見て、侍女と護衛騎士は外へと出て行った。


 扉が閉まるとコニーはベッドに手足を広げ横になる。



―――噓でしょ……こんなことってあるの? 私が公爵家の養女……? しかもヴィオレッタお姉様?



「ふふふふふ、あは、あははは……くくっ」


 柔らかなベッドシーツに顔を押し付け笑い声が漏れないようにする。



―――伯爵家でもおじさんと結婚なんて無理よ! 私みたいな若い娘が、なんでおじさんなんかと……でも、私はツイてるわ! 公爵家の養女になれたんだから……なんでこんなことになったのかは分からないけど、やっぱり平民の男になんて頼らなくても、可愛いからどうにでもなっちゃうのよね。



 ふと、自分の指先を見つめる。


 カサつき所々硬くなっている場所があるその指は、つい昨日まで貴族令嬢がしないような冷たい水に触れて労働していた名残がある。



―――ああ、嫌だ……思い出しちゃった……あんな場所、二度と戻りたくない。絶対に嫌……。



 カフェの店主や、時折優しく声をかけてくれた常連客の顔が浮かんだが、一瞬でその姿も消え去っていく。

 カルミアの胸の中には、あの場所は貴族である自分が惨めに働いていた、屈辱的な場所という思いしかないのだ。


 寂しさなど欠片もなかった。


 昼間のカフェの食べ物のにおい、夜の酒と油のにおい。

 公爵家にいれば、そんなものに触れることもなくなる。この部屋に漂う高貴な者にしか楽しむことが許されない香り、今後は美しいものにだけ包まれて生きていくのだ。


 そう思うだけで、カルミアは胸がすくような思いだった。


「あんな安っぽいニオイなんて、私には必要なかったのよ、ふふ、あはは……」


 むくりと体を起こし部屋の中を見渡す。

 部屋は新しく見えるが以前は誰かが住んでいたのであろう、温かみのある落ち着いた雰囲気の部屋に整えられている。


「ここはヴィオレッタおじょ……お姉様のお部屋だったのね」


 優しく温かみのある落ち着いた部屋。

 内装も新しくはされているが壁紙などは恐らくそのままである。



―――ヴィオレッタ様……お姉様は、今どこで何をしているのかしら。



 公爵夫人は『ヴィオレッタは()()()()()()()』と言っていた。

 美しく誇り高かった公爵令嬢が、今もどこかで苦しんでいるのだと思うと、口元が緩む。



―――私なんかに優しくしてくれた、ヴィオレッタお姉様。ああ、お姉様がいないなんて寂しいわ……。そうだ、もう少し日にちが経ったら誰かに聞いてみましょ。



 あの日、七歳の祝いの時に自分を惨めな気持ちにさせた令嬢が、今は公爵夫妻に見捨てられて惨めな思いをしているのだ。


 その事実が、カルミアにとっては何よりの蜜の味だった。


「ヴィオレッタお姉様。私があなたの代わりに、しっかりとお役目を果たしてあげるわ。王太子殿下はとても素敵な人だった。お優しそうで、カッコ良くて、何より輝いていたもの……! きっと隣に並んだら、私ももぉっと輝けるわ」



 一日で全てが変わってしまうような日だった。



 カルミアはネックレスを外すことも忘れ、そのまま目を瞑る。

 今までは、一度たりともそんなことをしたことはなかった。このネックレスはコニーが持っていた中で、唯一の本物だったのだ。


 家に帰る前に外し、鞄の中にハンカチに包み下の方へ入れる。両親に見られてもいいように、薄汚れたハンカチに包むのだ。

 そして、部屋に入ると扉の外の物音を聞いて誰もいないことを確認する。ゆっくりと取り出して、チェーンが絡まないように隠していた。



―――ドレスルーム、確かあったよね……。ああ、明日はあそこを見たいわ。幼いながらに覚えてる。あそこにはこんなちっぽけな石のついたネックレスじゃなくて、もっと大きな宝石が付いているアクセサリーが沢山あったわ……。



「……すごく、あぁ……眠い。いい……夢見れそ……」


 あっという間に睡魔に襲われた。

 


―――明日からは、誰もが私を羨む生活が始まるのよ。ああ、お姉様……ヴィオレッタお姉様、早く会いたいわ。




 幸せな未来だけを思い描き、カルミアは深い眠りへ誘われていった。




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