33、カルミア公爵令嬢
コニーの両親は家令に案内されて部屋を出て行く。
二人は後ろを振り返ることなく、愉快そうに笑い合いながら姿を消した。両親と入れ替わるように入室してきたのは、この屋敷に来て初めて見る護衛と侍女の数名だった。
その場に留まっていた公爵夫人が扉が完全に閉まりきると、口元を隠していた扇をたたみ、パシリと手を打った。
「はあ……。あの両親に似ず、愛らしく育ったものね」
「考え方もあの両親に似て、というとこか」
二人の会話はコニーのことを言っているのだろう。先ほどまで笑みを浮かべるように細められていた双眸がスッと鋭い眦に変わる。
「及第点といったところかしら。これならば代わりにはなりますわ」
「代わりになるか? 教育は全然施されていないようだが」
「何とでもなりますわ。このままでは流石に見れたものではありませんが、一年あればそれなりに見えるようにはなるでしょう」
二人はコニーを置いて、どんどん話を進めていく。コニーもまた先ほどまでとは違う二人に、口を挟むどころか疑問を口にすることさえもできる雰囲気ではなかった。
―――なに? 何の話がされているの? 代わりって一体どういうことなの?
きょとんと話についていけないコニーの表情を可笑しそうに夫人が笑う。
「…………?」
「お前は今日から我が公爵家の養女とすることにした」
「は……えっ」
「あらまあ、貴女……野心があるお嬢さんだと思っていたのだけれど、違うのかしら?」
「え?」
たらりと背に冷や汗が流れる。
―――話し相手ではなく、養女? あの場ではそんな話出なかったけど、私が公爵家の養女になれるの?
コニーが早くあの貧乏な暮らしから抜け出したいと思い、公爵家からの提案を利用しようとしたことが、公爵夫妻にはバレていたのだ。
「それは……その」
顔を真っ赤にした後、すぐに真っ青にし、コニーは俯く。
そう、バレないはずがないのだ。生きてきた年数、そして貴族社会で生きて来た二人にとって、コニーの考えていることなど手に取るように分かる。
「ああ、いいわ、いいわ。別に貴女の答えを求めているわけではないのよ。でもね、私たちは貴女の願いを叶えてあげるのだから、貴女は『はい』とだけ頷いていればいいの。意味は分かるかしら?」
「…………」
早く頷かなければと頭の中では理解しているのだが、喉が張り付いたかのように声が出てこない。それは公爵夫人から発せられる威圧的な空気、そして夫人の隣に座っている公爵の冷めた目線のせいであった。
「あらあら……私、理解する頭がない娘は好きではなくてよ」
「は、はい!」
「まあ! 良かったわ。貴女は明日から王太子妃になるべく教育をしていくわ」
同時にとんでもないことが話され、一瞬では理解できなかった。
「え?」
当然、漏らされるべき一言を発したコニーに、夫人は不快そうに眉根を寄せた。もちろん、社交の場であったならば夫人はこのような仕草をするわけがない。
この空間は今、完全なプライベートなものであるからこそ、コニーに対して感情を見せているのである。
「ああ、嫌だ。これは男爵は本当にこの娘に教育をしていないわ。全く受けていないのが分かるもの。明日からは厳しく躾けてまいります」
「頼んだぞ」
「ええ、あなた」
ジギタス男爵家でコニーは、本当に一つも貴族教育を受けていなかった。礼儀作法、会話術、王国の貴族について何も教えられていない。
ただし、そんなコニーでも、一つだけ分かることがある。
「お、恐れながら……王太子妃というのはアイバン王太子の……」
―――婚約者はヴィオレッタ様のはず。なぜ……?
今更何を聞いているのだ、とでも言いたげな雰囲気で公爵が頷いた。
「そうだ。だが、ヴィオレッタは病になり、外には出られぬ体になった。幼少の頃より王太子の婚約者となっていたのだが……。まあ、相手がナイトシード公爵家の者であれば誰でも良いのだ、分かるか?」
「ヴィオレッタ様が……外にも出れぬ体……?」
「領地に戻っていると聞いただろう? お前の両親にいらぬ詮索をされると面倒だからそう言ったまでだ。今もこの屋敷の中にはいる」
「あの、ヴィオレッタ様はこのことは……っ」
「ああ、そのヴィオレッタ様という呼び方はやめてちょうだい。ヴィオレッタお姉様に呼び方を改めなさい。貴女たちは姉妹になるのだから」
「あ、はい……」
「とりあえず、今日は休みなさい。明日からは公爵家の者としての教育、そして王太子妃としての教育が始まるわ」
これ以上話をすることは無用と判断した公爵夫妻は護衛と侍女たちにコニーを連れ出すように指示を出した。ソファから立ち上がり、戸惑うように護衛と侍女たちを見やる。
「ああ、待ってちょうだい」
「コニーと言う名……ナイトシード公爵家には相応しくない。お前の名は本日から、カルミアという名になる。カルミア・ナイトシードだ」
「カルミア……カルミア・ナイトシードと本日より名乗らせていただきます」
―――本当に公爵家の養女になってしまった……ああ、奇跡みたい……私はもう男爵家の娘でも何でもない! 公爵家の娘よ! この国でも上の地位の者になったんだわ……!
コニーはドレスとは言えない、ワンピースの端を摘まんで美しいとは言えないお辞儀をして、部屋を後にした。その様子を見て公爵夫妻はため息を吐いた。
「なんて酷い礼なのでしょう……。あれでは二年教育しても無駄でしょうね」
「まあ良い。顔だけ良ければそれでいい。ヴィオレッタのように無駄に知識をつけすぎるのも困るからな。後は王太子に媚を売り、気に入られるだけでいい」
「本当に……ヴィオレッタが男であれば、兄と同じくどこぞの国の姫の婿にでもできたものを。誰があの子にいらぬ知恵を付けて、あなたに歯向かうようなことを言わせたのかしら……」
「ふん、もうそのことは良い。どうせあの顔だ……嫁がせるにしても無理だ。あの娘を殿下と引き合わせ早々に切り捨てるのが一番だ」
「私の娘でありながら、あのように要らぬ知恵をつけ、可愛げのない育ち方をするなんて」
公爵夫妻が考えていることなど、コニーは知る由もない。
ただし、コニーの名はその日からカルミアとなり、公爵令嬢として王家に嫁ぐことは決まった道となった。




