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公爵令嬢は愛人となり、いずれは母となる  作者: 白根 ぎぃ


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32、コニーと公爵家




 突然の公爵家からの『ヴィオレッタの話し相手』という申し出に、コニーは驚くと同時にこの機会を逃すわけにはいかないと思った。


 コニーの両親はこの申し出に対して、すでに答えは決めていた。しかし、すぐに頷いてはこの話の価値も分からない者と思われたくないため、少しの戸惑いと公爵家の顔を立てるように口ごもりながら話す。


「あ、ありがたいお話ではありますが、ご迷惑ではございませんか? む、娘……コニーはヴィオレッタお嬢様のように賢くはございませんし……」

「気にすることはない。ヴィオレッタの息抜きに話し相手が欲しいと思っていたのだ」

「そうなのよ、男爵。確か……コニー嬢はヴィオレッタとも仲がよろしかったのでしょう? ヴィオレッタからそう聞いているわ」

「ああ。確か以前、娘の話し相手になってくれたと聞いたな」


 公爵夫人が美しく優雅に扇を畳みながら微笑む。


「は、はい! 七歳の祝いの時にヴィオレッタお嬢様と楽しく過ごしたと聞いております! そうだったな、コニー」

「あっ、はい、お父様。ヴィオレッタお嬢様には大変、仲良くしていただきました」



 コニーは反射的に微笑みながら答えた。



―――仲が良かった? いつの話? 私はヴィオレッタ様とお話ししたのなんて、あの日のたった一度だけ。あれ以来、ヴィオレッタ様から声もかからなかったのに……。もしかして、ヴィオレッタ様が『仲が良かった』なんて周りに言いふらしているの? これもきっと私を辱めるために呼び出したに違いないわ……ああ、なんて意地の悪い人なのかしら……。



 ゆっくりと目線を下に落とし、コニーは握りしめた手に力を込める。


 ぎこちない会話であっても、公爵夫妻は特に気にしていないようであった。突然の提案ばかりに気を取られ、コニーも両親も今回の公爵夫妻の提案は今まで冷遇していた男爵家に対する温情だとしか思っていなかった。


「そうか。ならば、令嬢がヴィオレッタの話し相手になってくれれば、喜ぶだろうな」

「ええ、そうねぇ。あのこも王太子妃として様々な勉強をしているもの。息抜きも必要だわ」

「で、どうだ男爵?」


 男爵夫妻は互いに目を合わせ深く頷いた。

 自分たちの生活が助かり、ルンギル伯爵という悪評が立っている男に娘を嫁に出すくらいなら、公爵家に渡したほうが良いに決まっている。


 しかも、伯爵家との話し合いまで全て公爵家がやってくれるというのだ、男爵家に悪い話は一つもない。


 そしてなにより、今度は公爵家から『援助金』という名の金が手に入るのだ。一度きりとは言っているが、それは公爵家からであって『()()()()()()()』関係のない話である。


 二人はコニーの顔を一度も見ることなく、笑顔で答えた。


「ぜ、是非お願いします、公爵閣下! 私も娘のことを不憫に思っておりましたので、公爵令嬢であり、王太子妃になられるお方の話し相手になれるとは、コニーも幸せ者でございます!」

「公爵家にお仕えできるのです、私どもに異論などあるわけもございませんわ!」

「まあ、嬉しい言葉ですわ」

「ああ、そうだな。コニー嬢、そなたはどうだ?」


 公爵の言葉は問いかけなどではなく、ただの確認だった。


「はい、よろしくお願いいたします、公爵閣下」


 考えることは何もない。頷き笑顔で答えるだけだ。


「あなた、良かったわね」

「ああ、そうだな。今ヴィオレッタは領地に戻っている。この屋敷でヴィオレッタの側にいてもらいたい」


 コニーが言える返事は一つしか用意されていないことも、公爵夫妻にも分かっていることであった。それでも、コニーからの返事がなければ、意味がないのだ。

 両親がソファから立ち上がると、コニーも立ち上がる。膝を折り、ぎこちなくカーテシーを捧げたが、その姿は不格好である。コニーも両親もそのことに気付いているわけもない。


 その姿を見て、扇で隠した口元がひくつく人物が一人いたが、気付く者は一人だけであった。



―――絶対に逃がさないわ。この絶好の機会を無駄にはしない。



 ヴィオレッタは現在、領地にいてここにはいない。


「では、どういたしましょう? ヴィオレッタはいないけれど、娘の話し相手になるためには今のままよりも、少し雰囲気を変えたほうが良いかも知れないわ」


 公爵夫人のその言葉の意味を、男爵家一同は正確には理解できなかった。それとなく、両親を見れば二人もきょとん、と何も考えていない顔であった。


 そこに助け舟を出すかのように、家令が声をかけた。


「旦那様、奥様、よろしいでしょうか」

「ああ」

「コニーお嬢様がよろしければ、公爵家にて過ごしていただき雰囲気を掴んでもらうのはいかがでしょうか」

「まあ、いい案ね」

「はい。コニーお嬢様は素朴で優しい雰囲気のお嬢様ではありますが、もっと手入れの行き届いた生活を送れば、更に変わって来るかと」


 家令の言葉の意味に、コニーは気付いた。しかし、その気付きはコニーが父の娘であることを意味していた。



―――手入れの行き届いた生活……! それって公爵家で、今よりもうんと良い生活をさせてくれるってことね!? 髪も、ドレスも、宝飾品も、食べ物も……!



 コニーは頭を上げて、純真無垢な少女の瞳を作った。


「お父様とお母様と離れることは寂しいですが、ヴィオレッタお嬢様のためにも、早く公爵家に馴染みたく思いますわ」

「そうね、確かに早く公爵家の仕来りにも慣れてほしいわね」

「コニー嬢がこう言っているが、男爵、夫人、どうだい?」


 公爵夫妻に向けた守りたくなる少女の笑顔の裏側で、コニーは両親を切り捨てることにした。



―――今まで散々な生活だったわ。こんな親、早く切り捨てなきゃ、私の愛らしさを食い物にされちゃう。公爵家で地位を掴んで、私に惨めな生活をさせていたこと、必ず後悔させてやるわ。泣いて許しを請うたって絶対に許してあげないわ。



「娘もきっと早くヴィオレッタお嬢様のお相手になりたいのでしょう! 私どもも同じ考えでございます」

「はい。コニーのことをよろしくお願いいたします」

「そうか、ではそうしよう。ああ、では二人は違うところで我が家の者と、ルンギル伯爵とのこと、そして今後の話をしていってくれ」

「はい」

「コニー、元気で過ごすのよ。公爵閣下と公爵夫人にご迷惑をおかけしないでね」

「……はい」


 公爵邸の窓から見える冬の庭園は、少しだけ寒々しく見えた。

 それがコニーの今の気持ちを表しているように思える。コニーは豪華な応接間から出て行く両親の背を見送るが、二人が振り返ることはなかった。



 深く息を吸い込み、一つ息を吐く。

 寂しいなどという感情は、どこにも生まれなかった。

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