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公爵令嬢は愛人となり、いずれは母となる  作者: 白根 ぎぃ


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31、男爵家への提案




 ナイトシード公爵の声に姿勢を正しながら、三人はゆっくりと顔を上げた。


「久しいな。よく来てくれたな」

「こ、公爵閣下におかれましては……その、あ……」

「男爵、どうしたのだ、そんなに畏まって。さあ、楽にしてくれ」

「は、はい」


 公爵と夫人が先に座ると、酒のせいで赤らんでいる顔をニヤつかせながらコニーの父もソファに座る。コニーと母はそれに続き、ソファに腰を下ろした。


 七歳の時、初めて公爵夫妻と会ったが、その時よりも少しだけ年を重ねたように見えるものの、日々の苦労とは無縁のように若々しく美しい。ヴィオレッタから貰ったドレスから取り外した宝石を売って暮らしている自分の両親とは、同じ貴族とは思えなかった。



―――公爵家と男爵家を同じに考えること自体がおかしいのかもしれないけど、やっぱり貴族であっても格の違いを見せつけられてるみたいだわ。



 コニーが公爵夫妻を見つめている中、公爵夫妻もまたコニーを上から下へと視線を寄越して見定めていた。公爵夫妻がコニーを見定めていることに、コニーも両親も気付いていなかった。


 公爵夫妻は思惑を一切出さない表情浮かべて男爵家の面々と接することができているのは、今まで生きてきた場所の違いである。


「ジギタス男爵、早速一つ聞きたいのだが、令嬢は嫁ぎ先は決まっているのかな?」

「は……あ、いえ……その、縁談の話は来ているのですが、いささか困り果てておりまして……」

「困り果てる? なぜだ?」


 実際には嫁ぎ先はすでに決まっているのだが両親が言わなかったので、コニーも口を出さなかった。

 基本的にコニーが自分から口を挟むことはない。コニーは公爵夫妻を見つめていた瞳をそっと逸らし、横目で父を見る。


 父の手が足の上で強く握られ、緊張で強張っているのが見てとれた。母もまた、ごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。


「……実を言いますと、五十ほど年上のルンギル伯爵からお話をいただいており、私どもも困っております」

「なに? あの老いぼれが……子、いや孫と同じ年頃の令嬢を娶ると?」

「は……コニーの若さと愛らしさに目が留まったらしく……。男爵家である我が家が、伯爵家からの話を断ることはできず、はぐらかしているところでございます」

「婚約者になろうという家は他にはなかったのか?」


 公爵はルンギル伯爵からの申し出が来る前に、断ることもできたであろうと暗に聞いているのである。


「もちろんございました! コニーは私が言うのもおかしいかも知れませんが、器量よしでございますので、他家の若い嫡男からも縁談は来ていたのです。しかし、ルンギル伯爵が名乗り出てきたことで他家は伯爵家を敵に回すことに恐れをなしてしまい、話は全て流れてしまいました」

「ルンギル伯爵は王国全土に商会を持っていたな。伯爵から支度金など貰ったのか?」


 婚約していないと父は言ったが、公爵は『支度金を貰ってないか』と問いかける。

 その意味を父は理解していないのか、困ったように語り出す。


「は、はい。伯爵から無理やり渡されまして、娘のために使えと。『私は年上ではあるが、娘は伯爵夫人にしたほうが将来的にも楽になるだろう』と」

「なるほどな。娘のために、と言ってきたのか」

「はい……。娘も我が男爵家のためなら年上の男でも構わないと……家族思いの優しい娘でございます」


 父の言葉にコニーはピクリと肩を反応させる。



―――我が男爵家のため? 私に選ぶ権利なんてなかったわ。それに伯爵から無理やり金を引き出したのは、お父さんとお母さんじゃない……! 私は何も貰ってないし、何より五十も年上の男なんて本当は嫌に決まってるわ……!



 コニーは心の中で吐き捨てた。

 深刻そうに語りながらも、父の顔はへらりと歪んでいる。母も父の語りに口を挟むことなく、困ったような表情を浮かべていた。

 その表情は実際に困っているわけではなく、父に合わせて演技をしているのだ。


「流石、貴族の娘だ。よし、では男爵。そなたの娘を私の娘のヴィオレッタの話し相手として、雇おうじゃないか。そうすればルンギル伯爵も何も言うことはできまい」


 その言葉は男爵家にとって意外なものであった。



―――し、使用人として寄越せと言われるなら分かるけれど、話し相手……? 私がヴィオレッタ様の!? そ、それってあの侯爵家の娘よりも上の立場じゃない……!



 コニーが考えたこととは違う意味で、父は狼狽えながら首を振った。

 その意味は簡単である。

 男爵家ではコニーに一切の教育や作法を教えていないからである。コニーも自ら学ぶ気もなく、近隣に住んでいた老婆や店で少しだけ学んだのである。


 それも簡単な文字や計算などで、貴族としての礼儀作法など一つも学んでいない。


「そ、そんな恐れ多い……! ヴィオレッタお嬢様のお話し相手など、娘に務まるとは到底思えません!」

「男爵、そう焦るな。これは伯爵から令嬢を守るための策だ」

「娘を守る?」

「ああ。公爵家で王太子妃の話し相手になると言えば、伯爵であっても無理に娶ることはできまい。それに伯爵から貰った支度金は返さずともよい。私が伯爵には支度金に上乗せして返しておこう。貰った金は男爵家で好きに使うとよい。そなたたちも娘がいなくなると寂しくなるだろうから、一度きりではあるが援助しよう」


 公爵の提案はあまりにも唐突であったが、コニーの両親からすればありがたい話であった。


 伯爵から貰った支度金を返すこともなく、さらには公爵からも援助してもらえるのだ。それがたった一度であったとしても、男爵家にとって悪いことは一つもなかった。



 コニーの両親がありがたいと思うのと同時に、コニーにとってもありがたい話でもあった。



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