27、コニー
コニーが父親よりも年上のルンギル伯爵家への嫁入りの覚悟を決めたその日。
ジギタス男爵家に、数年ぶりとなるナイトシード公爵家からの使者が訪れた。
「ナイトシード公爵閣下、および公爵夫人より、『指定した日時に公爵家に来るように』との言伝を預かってまいりました。ジギタス男爵、ならびに夫人とお嬢様へのお言葉でございます」
あの七歳の祝いの日以来の呼び出しだった。
使者は男爵とは名ばかりの、ジギタス家の手入れの行き届いていない家の中を、無表情で見渡した。壁紙はところどころ剥がれ、酒の香りが昼間から漂う室内は、決して良い暮らしをしているとは見えなかっただろう。
庶民でももっといい暮らしをしている者もいるかもしれない。そんな場所に場違いなほど整えられた格好をした公爵家の使用人が立っていることがあまりにも不釣り合いで、コニーは数度瞬きをした。
「何か質問はございますか」
その言葉を聞いた瞬間、コニーの父親の目が金の臭いを嗅ぎつけたように鈍く光った。
「公爵がいったい我が家にどんな用事が……? ああ、もしやコニーのデビュタントに対する祝いでもあったか?」
「そんなの聞いたことないわよ、あなた。それに……うちはあの子をデビュタントに出す予定はなかったじゃない」
―――出さないんじゃないでしょ。出せなかった、の間違いでしょ。娘の私には金をかけたくないって、いつも言ってるくせに……。
話し込む両親を冷めた目で見つめながら、コニーは心の中で毒づいた。
自分たちのような男爵家がデビュタントに顔を出すことなど、この国では滅多にない。この国でデビュタントへの参加が認められているのは、基本的には伯爵家以上である。
稀に子爵家や男爵家も参加を許されるが、身内に高位貴族がいる場合か、または余程裕福でその財や武で国に貢献したことが認められた者だけが特別に参加を許されるのだ。
―――人様から貰った宝石を売って生活している我が家が参加するなんて、笑い話にもならないわ。
男爵家の主である父よりも上等な布地の服を纏い、背筋を伸ばした壮年の使者は、そのやり取りを黙って聞きながら二人を見つめていた。使者は懐中時計を取り出し、時間を確認すると静かに口を開いた。
「お返事をいただいてもよろしいでしょうか」
「も、もちろん行きます! 喜んで伺わせていただきます!」
「そ、そうね! 公爵様からのお声がけですもの、光栄ですわっ」
「かしこまりました。では当日、お迎えの馬車をご用意いたします」
「ああ、よろしく頼む」
父は相手が公爵家の使者であることを忘れ、あたかも自分が上位者であるかのように顎を上げて不遜な態度をとった。その失礼な態度にも使者は表情一つ変えず、礼をするとほとんど音も立てずに、家の中から立ち去っていった。
「こ、公爵もとうとう我が家の価値に気付いたか!」
「そうに違いないわ……! 今まで何の音沙汰もなかったのに、急なお呼び出しですもの!」
「くく……コニーの嫁ぎ先も決まり、公爵からの呼び出し……運が向いてきたぞ!」
両親は公爵家が自分たちに何を求めているのかも考えず、ただ『何かしらの価値を見出した』と信じて浮かれている。コニーは両親の姿が酷く滑稽に思えた。
ふと、コニーの母が不安そうに眉根を寄せた。
「あら、でも言われた日程だとルンギル伯爵とのお会いするのではなかったかしら?」
「いい、いい! そんなもの気にせんでいいだろう。こちらは公爵家からの呼び出しなのだ、どちらが大事かなど子供でも分かる」
「そうね。コニー、あなたも来るんだから、一番上等な服を用意しておくのよ」
「はい、お母さん」
「やぁね、お母様でしょ?」
「は、はい。お母様」
「全く、あんたって子は自分が貴族令嬢だっていう認識はあるのかしらね」
コニーは逃げるように自分の部屋へと戻った。
扉を閉めた瞬間、重い溜息が漏れる。クローゼットの中にある数少ない服を確かめるが、どれも自分の給金で買った、庶民が着るような固い生地のものばかりだった。デザインも数年前の流行を模した安物だ。
「ヴィオレッタ様の前で、こんな服を着ていったら……」
想像するだけであの日、自分が『お姫様』になれた時間を思い出してしまい、胸が締め付けられる。公爵令嬢として、婚約者であるアイバン王太子とヴィオレッタが一緒にいる姿をコニーは王族の春花祭の際に見かけた。
数年前、ようやくコニーが肉付きがよくなっていた頃に、ヴィオレッタは少女から大人の女性に変わるような美しさを持っていた。
『あれが……ヴィオレッタ様……?』
『そうよ。コニーは見かけるのは初めてかい?』
『え……あ、ああ……そうかもしれないわ。ルイーズさんは?』
『私は一昨年だったかしら、春花祭で初めてアイバン王太子殿下の婚約者のご紹介があった時から、毎年見てるよ』
『そうなんだ。私……こんな祭りがあってることも知らなかった』
神殿のバルコニーで王族と共に並び、民に向けて輝かんばかりの笑顔を見せていたのだ。それから数年経ち、もっと美しくなっているだろう。そんなヴィオレッタの隣に、こんな古臭い服を着た自分が並び立つ。それはコニーにとって、屈辱でしかなかった。
「あんなお祭りがあってたの、知らなかった。皆、着飾って……」
コニーは部屋の隅にあるクローゼットの床板の一枚に指を差し入れ、持ち上げた。外で両親が下品な笑い声を上げているのを確認し、ゆっくりと薄汚れた小さな箱を取り出す。
その箱の蓋を開けると、中には布に包まれた装飾品が隠されていた。
「誰にもあげない。だってこれは私が貰ったものだから……」
それはカフェに来る男たちがコニーの気を引こうと贈ってきた品々だった。多くは安物のまがい物だったが、中には鑑定書付きの本物の装飾品を渡してくる者もいた。
コニーは一つを取り出すと、そっと布をめくる。一際赤く輝く小さな石のついたネックレスが顔を見せた。
「本当にきれい……小さいけれど、これは本物……そう、私みたいに本物なの」
ビルのような商家の息子から買ったものや、身分の低い貴族が妻に隠して贈ってきたものの多くが本物だった。
「一つだけでも本物の宝石を身に着けて行かないと、きっと私は笑われてしまうわ。それに……両親にはこんな小さな石、本物なんて分かるわけがないもの」
この本物の装飾品こそがコニーにとって、今の自分の価値を周りに知らしめるものであった。
業突く張りな両親に虐げられる可哀想な可愛らしい娘。だが、コニーの本当の姿を知っている者がいると知らせるための装飾品なのだ。
―――きっと、公爵様たちが見てくださったら、私がどれほど役に立つか分かってくれるはずだわ。両親には悪いけど……こんな惨めな暮らしは嫌。あの使者の男は私を見ていたから、きっと私に用事があるに違いないわ。絶対に……こんなところ抜け出してやるんだから。




