26、コニーの婚約者
その日、家に帰るといつもより上機嫌で両親はコニーを待ち構えていた。
「コニー、喜べ。お前の結婚相手が見つかったぞ」
「……? え、あ……」
両親はコニーが十六になる前から、ギャンブル仲間や酒場仲間などと話しては、コニーの結婚相手を探していた。それはコニーのためではなく、ジギタス男爵家のためになる相手探しだった。
勤め先の店主であるルイーズのおかげもあり、三食食べられるようになってからコニーの健康状態は著しく回復していた。こけていた頬はふっくらとなり、肉付きの悪かった体は今までの分を取り返すかのように良くなっていった。
そのあたりから、可哀そうな少女コニーから、健康的に可愛らしく成長したコニーへの周りの視線が変わっていった。同じ年頃の女はコニーの愛らしさに嫉妬し、男たちは性の対象として見るようになっていった。
「……どのような方ですか?」
釣り書きなどない、言葉だけでの結婚相手の知らせ。
コニーにはこれが普通の縁談の知らせ方ではないことぐらい、もう分かるようになっていた。この両親のことだから『今日』決めて来たから『今日』知らせたということはないだろう。
金のための結婚なのだ、相手を相当考えたに違いない。
父はニタリと満面の笑みで、コニーの両肩を掴んだ。
「ルンギル伯爵だ」
「え……ルンギル伯爵ですか? あの方は……」
貴族社会に疎いコニーでさえも、その伯爵の名に聞き覚えがあった。
ルンギル伯爵は六十を既に過ぎており、成人した後継ぎもいるはずだ。最初の妻が健在だった頃から何人も愛人がおり、妻を亡くすと囲っていた愛人の誰かを妻にするのではなく、美貌の未亡人を後妻にしたと聞いている。
「なんだ、コニーでも知っていたか。あの方はこの国でも有数の資産家であり、美しいものには金を惜しまないんだ。先日なあ、たまたま王宮の側でお会いしてな」
「奥様を失くされたばかりだから家内が大変でしょう、とお話ししていたら今度は『若く美しい新しい妻を探している』と仰られたのよ!」
先日、その後妻が一年もせずに亡くなったと聞いた。それは王都でも話題になっていたが、コニーにその話をしたのは、ルンギル伯爵と同じ年ぐらいの初老の客だった。
『そういや、あの好色漢のとこの後妻が死んだんだとよ』
『おいおい、あの侯爵家の未亡人だった美人か……?』
『なんのお話しですか?』
カウンター越しに身を乗り出し話だした男たちの声に、コニーは片付ける手を止めて、小さく首を傾げた。
『おや、コニーちゃん、知らないのかい? ルンギル伯爵の後妻さんが亡くなったんだよ。凄い美人で、慈善活動も沢山してた人だったんだけどなあ』
『そうそう。それでな、元々は伯爵令嬢で侯爵家の嫡男が一目惚れして、どうしてもと請われて一緒になったんだが、そのすぐ後に実家の伯爵家で親兄弟が流行り病でパタパタと逝っちまってな』
『そんな……可哀想……』
コニーは痛ましそうに眉を下げ、胸の前で手を組んだ。優しく純粋な女の子のフリをする。
『優しいなあ、コニーちゃんは。そしたら、実家は何らかの不正に関わっていたと訴えられて爵位を取り上げられたんだ』
『そんなことが……』
『姑はこれ幸いと、嫁を追い出せとに息子に圧力をかけたんだが、息子は受け入れず嫁を愛し続けた。だが、その夫は事故で死んじまってな……それからはもう、俺たち庶民にも聞こえるくらいの嫁いびりが始まって、一年もせずに嫁さんをルンギル伯爵に売り渡したのさ』
『え、でも……お子さんはいらっしゃったでしょ?』
『ああ、いたさ。子供に不憫な思いをさせたくなかったら、言うことを聞けと脅したって話さ』
『酷い……』
コニーは思わずといった様子で口元を覆った。あまりの話に驚き見開いた瞳には、うっすらと涙を溜めていた。
『それに愛人も相当囲ってるらしくてな、とんだエロオヤジだよ』
『コニーちゃん、若いから気を付けとかないと! 変な男に目を付けられたら大変だぞ!』
『変な男はお前だろ!』
『違いねえ! ハハハッ』
『もー! やだー!』
この話を少し前に聞いたばかりだった。それが、今日、まさしく自分の身に降りかかろうとしているのだ。コニーは引き攣る笑顔を見せながら、言葉を濁した。だが、両親はそんなこと気にする風でもなく、続きを話し出した。
「まあ、そういうことだ。先日、後妻が亡くなったそうでな、寂しい思いをしているらしい。伯爵家に嫁げばお前も今のように庶民の店如きに働きに出なくてもいいし、裕福に暮らせるぞ? それに伯爵夫人だ。悪い話ではないだろう?」
「そうよ、折角お父様がお前のために見つけてきてくださった縁談よ。男爵令嬢が伯爵夫人になれるんだもの。皆が羨むわ。喜ばないはずがないわよね、コニー?」
父の下卑た視線、母の有無を言わせない視線がコニーを見据えた。
―――私のためなんかじゃない。自分たちの暮らしのためじゃない……! お客さんから聞いてるもん、初老の色情魔だって……。でも、それでも……。
コニーは笑顔を浮かべて頷いた。
「ありがとうございます。男爵令嬢の私が伯爵夫人になれるなんて……凄いことだわ! それに……こんなこと言ったら怒られちゃうかもしれないけれど、伯爵ってお爺様なんでしょう? 色々と頑張ったら沢山遺産がもらえるかもしれないわ!」
そのコニーの答えに両親は目を丸くしたが、すぐに笑い出す。
「コニー! お前は最高の娘だ! 私たちが考えていることをよく分かっているじゃないか」
「なんて賢い子なのかしら! フフフ」
―――誰があんたたちのために行動するもんか。この家から出れるんだったら、何でもいいわ。それに私が嫁げば私は伯爵夫人。もうこの二人の好きにはさせないわ。
こうして、コニーは父よりも年上の伯爵の元へ嫁ぐことが決まった。すぐに両親が婚約書類を準備して書かなかったのは、伯爵により高く娘を売りつけるためだった。
コニーが了承した後も、伯爵家の別館に出向いては『娘が伯爵家に嫁ぐほどの身分ではないと躊躇っている』と嘘を語った。両親は一度だけ、ルンギル伯爵に遠目からコニーを見せていた。
コニーの若く可愛らしい容姿に、ルンギル伯爵は虜になった。
婚約から結婚まで急かすルンギル伯爵はコニーの両親に言われるがまま、伯爵家に嫁げる身なりになるように、多額の金を渡した。
もちろん、コニーにその金が渡ることはない。
ある程度の金を伯爵から貰うと、両親は書類の作成に取り掛かった。
『嫁側からの持参物は免除』
『花嫁代金として誠意ある金額を用意すること』
『伯爵にもしものことがあった場合の財産は先に嫁両親に渡すこと』
『男爵家に支援をすること』
複数の契約を伯爵と顔を合わせ話し合い書類を作成した。
内容的には『一切男爵家から金は出さないが、伯爵にもしものことがあった場合、伯爵家から追い出されることもあるだろうからある程度の金を先にくれ』ということだった。
「コニー、伯爵との話し合いが終わった。今度顔合わせをして、伯爵好みのドレスなどを一緒に買いに行くそうだ」
「書類内容は……これで本当に伯爵様は頷いてくださったのですか?」
「ええ、もちろんよ。お前を遠目から見せたら大変気に入ってくださったみたいで、すぐにでも結婚したいと仰ってくださってるの」
「……そう、ですか。ありがたいことですね」
今までも男相手に体を売らなくてよかったのも、周りへの媚の売り方を身につけられたのも、ある意味両親のおかげだった。自分よりも酷い目にあっている娘をコニーは沢山知っていた。
―――両親の顔色をうかがって生きて来たからこそ、生き延びれたみたいなもんだしね……。初めての結婚相手がどんな爺さんだっていいわ。伯爵夫人になれば、あんな両親……絶対に許さないんだから。それに伯爵家に入れば、ヴィオレッタに近付けるもの。
コニーが結婚へ覚悟を決めた日、両親とコニーにナイトシード公爵家からの使者が寄越された。




