25、コニーと青年
十六歳になって数か月、コニーはすでに貴族令嬢というよりかは、庶民の娘と同じで働きに出ていた。
「私、お店行ってくるね」
「おい、コニー。今日帰ってきたらお前に話があるから、遅くなるなよ」
「はーい」
コニーは両親に声をかけて家の外に出た。
あの日以降、ナイトシード公爵家からは何の音沙汰もなかった。
ジギタス家は父親は王宮での勤めを辞め、コニーがヴィオレッタからもらったドレスを売った金と、金がなくなれば宝石を売りに行くことで暮らしていた。
それほどあの時もらったドレスには、多くの宝石が装飾されており、数年経った今でも多くが手元に残っている。
男爵家の暮らしぶりは以前と変わらず、両親のギャンブルと酒が無くなれば裕福に暮らせる。だが、両親は手元にある宝石を売り払うだけで金ができ、売れば当分贅沢ができるため、何も考えずに暮らしているのだ。
「おや、コニー。今日は早いんだね」
「うん、家にいてもやることないから、早く働きに来ちゃった」
「うちは嬉しいよ、コニーが来てくれると売り上げ上がるからね」
「やだぁ! もう! 褒められたら頑張っちゃうわ!」
「あははは、まあ、時間までは茶でも飲んできな」
コニーの働く先は、王都の街中にあるカフェだった。昼はカフェ、夜は簡単な軽食と酒を提供する店であり、王都の中でも人気のある店である。
この店を一人で切り盛りしていた店主は女性であり、名をルイーズと言った。七歳の頃、街中をうろついていたコニーをたまたま見つけると食事を与え、手伝いという形でもいいから雇ってほしいと泣きついてきたコニーを不憫に思い、わずかばかりの賃金を渡す契約で雇ったのだ。
コニーは七歳の祝いの後すぐから裏方として皿洗いなどで働き、ルイーズが出してくれる賄いおやつ、近所の住人の施しで食いっぱぐれることもなく、十三歳で年相応に見えるようになってホールに立つようになった。
カラン、と店の扉が開く音がする。時間はカフェが開くまだ前である。
「コニー、ごめんよ。あんたに惚れてる坊ちゃんが来てるんだけど、行けそうかい?」
「うん、行けるよ。お茶も飲み終わったし! でもね、あの人は私に惚れてなんてないよっ」
「またまた! まあ、良かった。じゃあ、頼んだよ」
「はーい」
両親のどちらにも似ていない容貌は愛らしく、十六歳になったコニーはそれについても上手く利用していた。
幼い頃はコニーを不憫に思い、近隣住人が与えてくれていた食事や衣服は、年齢を重ねるごとに若い青年や父親と同じ年齢、それより上の男たちからのプレゼントへと変わっていた。
「また来てくれたの? でも大丈夫? 毎日来てるけどお店の食事飽きないの?」
「コニーちゃん! 飽きない、全然飽きないよ!」
「そっか、ビルが来てくれると話し相手もできて、私も楽しいよ! 注文は決まった?」
「うん、あ、でも待って……これ……この前コニーに似合うかなと思って」
ビルと呼ばれた青年が差し出したのは流行りの甘いお菓子と、小さな宝石があしらわれているブレスレットだった。
「え、ビル! こんな高価なもの貰えないよ! だって……私は貰っても何もしてあげられないもの……」
「や、いや……違うんだ、別にコニーに何かしてもらおうなんて思ってない! 命に懸けて誓う! ただ、僕の店にこの商品が入って来た時に、君に似合うと思って……」
「あ、これ……この石、ビルの目の色みたいで綺麗な石だね! でも、本当に貰ってもいいの?」
「えっ!? あ、うん……貰ってくれると、その嬉しい、かな」
「そっか…ありがとう。じゃあ、これ……」
コニーはビルが持ってきた花の形をしたメレンゲ菓子の箱を開けると、一粒取り出してビルの口元に近づけた。
「はい、ビル。あーん、して?」
「え!? いや、それは……」
「なんで? 私ができるお礼なんてこの程度だもん。ほら、ね、 はい、あーん?」
「…………っあ、あー……ん……」
「どう? おいし?」
「う、ん……凄く美味しい……」
「ふふ、良かった! 後でルイーズさんたちと食べるね、ありがとう! あ、注文は?」
「いつもので……」
「はーい、待っててね」
コニーは踵を返すと、そのままキッチンの方へと足を向ける。その後姿をビルはいつまでも顔を赤くしながら見つめていた。
コニーはビルのプレゼントを贈る行為に、下心がないとは思っていない。だが、全てにおいて知らないふりをして、無垢な少女の姿を演じることが一番だと分かっていた。
「コニー、あんたも罪な女だねえ」
「えぇ? やだっ、ルイーズさんったら……でも、私はこういうのどうしたらいいか分からないから……」
オーダーの書かれた紙をルイーズに渡すと、ルイーズから視線を逸らして足元を見た。
「あ、ああ……ごめんね、コニー。そんなつもりで言ったわけじゃないんだよ」
「ううん、ルイーズさんの言う通りだよね、私……お父さんとお母さんの言いつけを守って生きて来たから、恋愛とか……そういうのよく分からないの」
カウンターからビルのいる方を振り返ると、少しだけおどおどとしたビルと目が合う。ビルはコニーと視線が合うとすぐに逸らし俯いた。
「……そうだね、それにコニーは男爵家……親が結婚相手を決めるんだろう?」
「一応、男爵家ってだけだよ。本当の親はルイーズさんみたいなもんだけどね」
「あら、嬉しいことを言ってくれて……もし、いろんな男からモノを貰うのが嫌だったらいつでもいいな。とめてやるから」
その言葉にコニーは顔を上げて、横に首を振るとルイーズを見つめて笑った。
「お返しできないけど、下心がないんだったら貰うよ。だってお父さんとお母さんに渡さないといけないから……。それがあれば、ここで働いてもらった給金は渡さなくていいの」
「なんだい、そりゃ……人様の親にケチをつけるわけじゃないけどさあ……」
「いいの、いいの! 私、皆が気にしてないって言ってくれるから貰ってるの。それに最近は下心っていうのが分かるようになったもんっ」
「……本当かねえ……まあ、いいよ。なんかあったら絶対に言うんだよ」
「うん」
もちろん、嘘である。
コニーはこの店で客から貰ったプレゼントを両親に差し出したことは、一度もない。
―――渡すわけないわ。売り払われちゃうから、趣味が悪いモノは売って、それ以外はずっと隠してる。私が貰ったモノは、私のモノ。私が好きにするの。どうせ、結婚相手だって勝手に決めてくるだろうから、今のうちに稼いでおかないと。
両親はコニーがわずか七歳で手伝いとしてカフェで働くことに、反対もしなかった。むしろ『余りものを貰ってこい』と言い出すほどだった。
『手伝いか……余った飯でももらって帰ってこい。お前の食費が浮くな』
『ええ、そうね。でも料理屋でしょ……? いい、コニー。変な男と仲良くしては駄目よ』
『はい』
『そうだぞ、それから絶対に恋仲になどなるな。男と寝るなど言語道断だからな?』
『はい、わかりました』
まだ七歳のコニーには、分からない言葉の意味もあったがとにかく頷いた。近所の家に行って食事を貰うことをしなくてもよくなり、なにより家にいなくてよくなるからだ。
ただし『男と恋仲になり処女を捨てるな』と、これだけはきつく忠告されていた。
両親の言葉に反発する、などという気持ちはコニーの中にはなかった。年を重ねるごとにその言いつけは厳しくなり、一応男爵家という爵位があるため、コニーの結婚相手は両親が選ぶだろうとも思っていた。
見目も良く金を持っている貴族の男と結婚がしたいと、コニー自身も思っていたからこそ、言いつけは破らなかった。
「はい、お待たせ、ビル。あのね、いつもありがとうね。私、あなたのこと大好きよ!」




