24、コニーとヴィオレッタ③
行きと同様に帰りも同じ馬車で、乗った場所まで送ってもらうことになっていた。窓の外には同じ護衛騎士がついており、たまに目が合っては微笑まれた。
ガタと馬車が音を立てると、外から声がかかった。
「コニー、ついたぞ。服は私が預かっているからな」
「コニー、あなたはそんなに重いものを持たなくていいのよ」
「はい」
「お嬢様、お手をどうぞ」
護衛騎士が手を差し出すと、コニーはその手を掴んでゆっくりと馬車を降りた。
「ありがと……」
「いいえ。お元気で」
「……うん」
照れながら控えめにコニーが挨拶すると、護衛騎士は男爵夫妻に軽く礼をし、馬車と共に来た道を戻っていった。
「ここまでご苦労」
「……では、失礼いたします」
馬車が見えなくなると両親はコニーを雑木林の中へと進み、周囲から姿が見えなくなるところまで手を引いて歩く。
「お父さん? お母さん? なんでこんなとこに入ってくの?」
「いいから、こっちに来るのよ」
振り向くこともなく、母親はコニーの手を強く引っ張った。
―――ヴィオレッタお嬢様からもらったドレスと靴が汚れちゃう。
そう思っているとコニーの手から母親の手が離れ、ふいに顔を上げると柔らかい何かが投げつけられた。
「さっさと、そのワンピースに着替えなさい」
「ど、どうして」
「はあ? そんな高価なもの汚したらどうするのさ」
「あ……」
「そうだ、早く脱ぐんだ。そのドレスに使われている宝石が一つでも落ちていたら、許さないぞ」
「ええ、もちろんアクセサリー類全て一つでもかけてたら許さないわよ」
眉間にしわを寄せながら額をコツコツと指先で押される。
コニーはこの時に悟った。このきれいなドレスはすぐに売られてしまうのだろう、と。
しかし、コニーには親の言うことは絶対だった。木の陰で母親に手伝われながら、粗末な下着姿になる。恥ずかしさなどない。少しいい服を近隣住人からもらうと、両親はすぐにそれを売りに行くのだ。
一度、人通りの多い場所の脇道で同じことをされたことがある。その時はどうやって帰っただろうか。今はこの老婆からもらったワンピースがあるだけマシかもしれない。
ドレスも靴も、髪飾りも、アクセサリーも全て外されると、コニーは絵本の中のお姫様から、ただの少女に戻ってしまった。
―――そう、これが本当の私だもん。ヴィオレッタお嬢様のようになれるわけなんてない。
両親はコニーが着ていた最高級と思われるドレスを品定めし、売ればいくらになるかなどの金勘定をしている。コニーに残されているのは、道ではないところを歩いたせいで傷付き汚れた靴のみであった。
「ああ、その靴は汚れて傷もついているから、あなたに残しといてあげるとお父様が言っていたわよ」
「……はい」
「大事にするのよ、折角お嬢様から頂いたものなのだから」
「馬車を降りてすぐ脱がせておけば良かった。あの靴もかなり高価そうだ」
「お父さん、ありがとうございます」
チッと舌打ちする父親を見ながら、コニーは靴だけは奪われないように頷いた。両親は歩き出すとすぐに街へと戻る道へと出て行く。コニーは前を楽しそうに歩く両親の後ろを顔を伏せて、地面だけを見つめ歩いて行く。
視線の先に土で汚れ、石や木で傷付いた靴が目に入る。そこから少し視線をずらすと、クリームなどの汚れは落とされているが、シミができている部分が見えた。
―――ヴィオレッタお嬢様があんなものをくれたから、私が夢を見てしまった……。許せない、決してうちなんかじゃ買えないものを自慢するなんて。わざと私のワンピースを汚して、あんなものをくれて、こうなることを知ってたに違いないわ。だって、私の両親がクズなのを知ってたはずだもん……!
コニーの心の中には一時の憧憬や感謝などはすでになく、恨みだけが深く残った。
―――
コニーの父親と母親は、道中ずっとドレスなどを売り払った際に足が付かないようにする方法や、その売り払った金をどう使うかを楽しげに話していた。
両親の話している内容の多くは入ってこなかったが、コニーの目線はヴィオレッタから貰った美しいドレス、宝石のついた装飾品などが入っている大きな袋から離れることはなかった。
ヴィオレッタの優しさは両親の欲望によって、コニーを醜い嫉妬の塊へと変えていった。
三人は男爵家に帰り着くと、何事もなかったかのように外で話していた隣人たちにいつもはしない挨拶をして、玄関を開けて中へと入っていく。玄関の扉をゆっくりと閉めると、父親はドレスや装飾品などを袋から取り出し、テーブルの上に広げた。
「さあ、高価な宝石の多くは取り外すぞ。このドレスだけでも十二分に価値がある! これ少しずつ金に変えれば、当分何もせずに楽をできるな」
「ええ、そうね。あの髪飾りやネックレスも見たところ、かなり高価なものよ。公爵家の紋章が入った箱に入っていたわ。公爵家の紋章が入った箱付きで持っていったら、鑑定でも上乗せしてくれるわ」
「おい、でも大丈夫か? 足は付かないか?」
「ふふ、これは私たちが貰ったものだもの。売り払ったって公爵家には関係ないじゃない? でも、公爵家の紋章を変なところにもっていかれては困るから、という理由で箱は返してもらうの」
「そうだな、そうしよう」
父親と母親の会話を聞きながら、コニーは丁寧に宝石を外していった。先ほどまで自分自身が着ていたとは思えないほど滑らかな触り心地のドレスは、すでにその輝きを失いつつあった。
宝石を一つ外していく度に、そのドレスはもうコニーのモノではないことを意味しているからだ。着飾っていた両親はそのまま、コニーが宝石を外したドレスを手にした。
「外したか?」
「はい」
「ああ、いい感じだな。よし……その宝石を寄越せ」
「コニー、あなたは家でゆっくりしていなさい」
『ついてくる必要はない』という意味であり、コニーは頷くと自分の部屋へと向かった。
部屋には薄い布が床に敷かれているだけで、そっと扉を閉めると耳を押し当てた。扉の反対側からは、両親の笑い声と、ドレスを少しだけ見た目の良い箱に入れると乱暴に持ち出す音が聞こえてくる。
「私のドレス……なくなっちゃった」
コニーは扉にもたれかかる様に座り込むと膝を抱え、足元を見た。傷つき、泥に塗れた純白の靴。この靴だけがヴィオレッタからもらった唯一の、そして手元に残された唯一のものだった。
コニーは汚れた靴をそっと抱きしめた。
―――こんな靴ほしかったわけじゃない。私が欲しかったのは、あのきれいなドレスだったの……私がお姫様になれる唯一の魔法だったのに。貧乏な男爵家なんて、なんの価値もない。可愛さだけじゃ何もできない……ヴィオレッタ様……違う、ヴィオレッタみたいに、ドレスも、優しい使用人も、全部持ってる人になりたい。
コニーは靴を抱きしめたまま、胸の中で毒づいた。可愛いと言われていた丸く大きな瞳に映る光は、純粋な愛らしさなどではなく、両親と同じ欲望に満ちた光だった。
「絶対私のものにしてやる」
その日からジギタス男爵家の可愛いだけの娘は、欲と嫉妬、そして身分の壁を思い知り、その全てを必ず手に入れると誓った。




