21、コニーと公爵家
結局、コニーはドレスを用意することはできなかった。
七歳の娘は周囲を頼ることしかできず、当然だが、自身で買うこともできなかった。
男爵たちの住む古びた住居から指定された場所へ向かうと、そこには高貴な者しか乗れないであろう馬車が用意されていた。
「君が担当の者かね、すまないね、娘が途中でドレスを汚してしまいこのような服になってしまったが、大丈夫か?」
公爵家の使用人と馭者は一瞬だけコニーの服装を見たが、決められたように対応した。馬車の後ろには公爵家に属している護衛騎士が馬の側で成り行きを見守っていた。
「どうぞ、お乗りください」
「……ふん」
コニーの両親はコニーのために、新しくドレスを用意してくれるのではないかと考えていたが、その目論見は外れた。
使用人も馭者も無表情で出発することを告げると、馬車は走り出す。
―――自分たちだけいいもの着てるんだもん、嘘だってバレてるよ。
コニーは自身の家にあるソファよりも、柔らかな座り心地と外観に瞳を輝かせた。
馬車は街の大通りを通っていく。今までコニーを憐れみや同情心で見ていた人々が、誰が乗っているのかも知らず羨ましそうに馬車を眺めている。
この時、初めてコニーは優越感を覚えた。
幼い子供に向けられる可愛いという言葉は、コニーにだけ向けられるものではないと知っていた。窓の外に、護衛騎士がいる。その護衛騎士がコニーを見ると、まるで憐れむかのように微笑んだ。
―――両親にきつく当たられて、かわいそうだと思ったでしょ? そうなの、私はかわいそうなの。だからもっと、もっと、私を憐れんで。憐みの先には、恵みがあるのを知ってるわ。
だからこそ、コニーは両親に虐げられる娘を演じていた。
通り過ぎる街並みを物珍しい風を装い、見つめた。窓ガラスに映るコニーは、母親が少しだけ白粉をはたいて、頬紅を薄くつけた可愛い少女だった。
「そろそろ着きます」
馭者の声が聞こえ、馬車の速度が落ちていく。
豪華な門を通り過ぎると、ナイトシード公爵家の住まいはコニーたちが住んでいるような家とは違い、貰った絵本に出てくるお城と呼ばれるような豪華なものであった。
手を借りて降りると、きらびやかで息をするのを忘れるほどであった。
「すごい」
コニーは物珍しさに、きょろきょろと周りを見渡していると、小さな足は母親の足で踏まれた。
「コニー、お利口にできるわよね? あなたはもう七歳なのだから」
「……はい、お母さん」
「……お母さん? いやね、この子ったら。お勉強をもっと頑張らないといけないわね、お母様、よ。こういうところではお母様というの」
「はい……お母様」
「ええ」
「おい、私たちの挨拶は後の方らしいから、先に食事でもしておくぞ」
両親はコニーを置いて大人が集まるテーブルへと歩いて行った。コニーはどうすればよいのか分からず、人目が少なそうな端の方へと歩いていく。
いろいろな場所に食事は用意されており、コニーの見たことないような食べ物が並んでいる。
「どれでも食べていいのかな」
コニーは独りごちる。
控えている給仕係はコニーには興味を示さず、忙しなく動き回っている。甘いケーキやお菓子が置かれている場所には、数人の子供たちがすでにおり、コニーはそちらに向けて足を進めた。
「やだ、みんなが見るからこっちに来たわよ」
「あなたが面白い子がいるって言ったからじゃない」
「そうだよ、同じ貴族と思われたら恥ずかしいぜ」
「何あのドレス……ドレスなのかしら? 私のお母様があんなものを私に着せてくれたことは一度もないわ」
「あれは使用人の子供が着てるから分かるわ、ワンピースっていうのよ」
「というか、あの子、どこの家の子だ? 僕のお父様は閣下と親しいからよく遊びに来ているが、見たことないぞ」
「そうなの? 使用人の子じゃないの?」
くすくすと、子供ながらにして、大人と同じように嘲笑してくる子息令嬢たち。同じ年の子息令嬢たちは皆、コニーと違い着飾っていた。
だが、コニーは純粋に思った。
このコニーを笑う子息令息たちの顔は、その高価な衣服や宝石に負けているように見える。
コニーは無意識に、袖で薄く白粉をはたかれた自分の頬に触れた。少女たちが身に着けているドレスや宝石は光を放っており、コニーは実際には身に着けたことはない。
―――あの中で、本当にかわいい子なんていないのに、なぜ笑うのかしら。
可愛らしい顔立ちをしているのはどちらなのか。
幼いながらも、あの場所に行くのは胸がもやもやとしたため、コニーは足の向きを変えた。会場の横にある庭にも休憩できるようなスペースが用意されており、そちらにも色とりどりの軽食やデザートが用意されていた。
―――別にいいもん。あんな目が吊り上がった顔しちゃってる子と話さなくても。
小さな手でさらに好きなだけケーキやクッキーを皿に載せていく。
量も見た目も、街では見たことないほど多く美しく、どれから食べるかを迷ってしまう。
「わっ、このお花のケーキ、とてもきれいだし、おいしい!」
「良かったわ、私もそのケーキ大好きなの。うちのシェフはとてもお料理が上手なのよ」
「すごい!」
その声にコニーが振り返ると、絵本の中から飛び出してきたような少女が立っていた。
この場にいるということは、同じ七歳なのだろう。
しかし、コニーにはその少女が同じ年には見えなかった。それほど少女は整った顔をしており、初めてコニーは自分よりも可愛いと思える少女に出会ったのだ。
―――この子が、一番かわいいわ。このかわいさがあれば、きっと誰にも笑わない。私も、あんな風になりたい……ならなくちゃ……。
コニーは生まれて初めて抱いた『憧れ』と、『嫉妬』にその場を動くことができなかった。




