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公爵令嬢は愛人となり、いずれは母となる  作者: 白根 ぎぃ


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19/33

19、カトレアという名




 カトレアが妊娠していることが正式に公表され、実家であるローレル公爵家に戻ることが伝えられたのは、カルミアが療養から戻って来た次の日であった。


 今まで周囲に知られることもなく、単純に寵愛を受けている愛人として王宮で暮らしていた。妊娠していると思われるその間も、カトレアは積極的に王妃の代わりに客人をもてなし、ケイレブと相談して王妃の公務の代理をするほどだった。



―――陛下の寵愛を得たという曖昧な理由から愛人になったとされているけれど、それを信じている人たちなんてごくわずかでしょうね。公爵家の娘として、本来であれば王家や国、家の力になる男と縁付くことが全てなのに、()()()()()()()()()意味を分からせる必要があるもの……。



 カトレアは自分に仕えている優秀な侍女がジェンティアだけではない、ということを広めるためにも、カルミアが戻ってくるまでの三週間、様々な茶会に参加をしてはその存在をアピールし続けていた。



 カトレアが連れて来た侍女たちは、様々な分野にそれぞれが特化していた。

 王宮の作法や知識に詳しいジェンティア。

 王国から他国までの最新の流行を把握しているアスター。

 様々な薬の知識を有しているヴェダ。

 騎士になることを目指していたアキレア。



 ジェンティア以外は、伯爵家以上の出自であり、ローレル公爵家のカトレアに忠誠を誓っている者たちだった。そんな中、カトレアはジェンティアたちに荷造りの指示を出してもらうために、三人の侍女たちを連れて王妃であるカルミアの部屋に訪れた。



―――あれだけ陛下から何もするなと言われているのに、こうも早く私に声をかけてくるとは……。公爵閣下の指示とは思えないわ。



「カトレア様、こちらでございます」

「あら、ありがとう」


 カルミアの侍女であるベラが扉の前で待ち構えており、カトレアたちが到着するとすぐに案内された。以前は白亜の宮殿として美しかった王妃のために用意されている離宮だったが、今では黄金の輝きを放っていた。


 通された部屋もまた、この国では珍しい布地で作られているカーテンや、陶器の置物などが惜しげもなく使われ飾られていた。



―――陛下も前国王陛下も王宮内はできるだけ、質素にというお話だったけれど……カルミア様のお部屋は違うのね。隣国の高額な布に東国の置物……確か友好の証として贈答品の中に記録があったけれど、現物はなくなってたのよね。



 扉が開けられると、まるで入ってくる者を見張るかのように配置されているソファから、カルミアがカトレアを見つめていた。カトレアはすぐに格式の高い礼をした。


「貴女がカトレア公爵令嬢ね?」

「はい、カルミア王妃陛下。ローレル公爵家のカトレアと申します」

「そう……それで、そちらの三人は……カトレア、貴女から名前を教えてくださる?」

「かしこまりました。左からアスター・ボリジ侯爵令嬢、ヴェダ・セージ伯爵令嬢、アキレア・ダラジオラス侯爵令嬢と申します」

「へえ、そう」


 カトレアと三人の侍女は礼の形から頭を上げることを許されておらず、そのまま待ち続けていた。



―――あらあらあら、これはもしかして分からせられているということかしら? まあ、いいのだけど。それよりも三人の家名を聞いても反応を示さないということは、カルミア様はご実家から何も聞かされていないのね。



 カトレア含め全員が高位の令嬢なのだ。このくらいのいたずらな時間、どうということはない。皆、実家で淑女の作法として長くさせられることなのだ。


 数分間、その姿勢で固まっているとカルミアの隣に控えていたサーラが、静かに耳打ちをしていた。その声は聞こえなかったが、どこか不満そうにカルミアが声をかけた。


「顔を上げなさい」

「はい、王妃陛下」


 苦痛も疲労も見せず、カトレアは笑みを浮かべたまま顔を上げた。


「そういえば、アイバンの子を孕んでいたのでしたね。私ったらすっかり忘れてしまっていて、ごめんなさいね」

「いえ、お気になさらず」


 少女のように首を傾げながらも、細められた双眸は弧を描いているが笑ってなどいなかった。それでもカトレアはそのことを憤る理由などもなく、立ったまま話を聞いていた。


「アイバンから使者も本当に来ていなくて、私、貴女の存在も知らなかったのよ。本当に許してちょうだいね。もし分かっていれば、歓迎のお茶会でも開けたのだけど……そうだ、今からは無理だけど、近いうちに私が主催になって開きましょう! きっと大勢がお祝いに参加してくださるわ。だって、陛下の初めてのお子ですからね」

「カルミア王妃陛下」


「それがいいわ。でも……あなた本当に妊娠しているのよね? 全然膨らみが足りないように見えるけれど」


 顎に人差し指を当てながら、カルミアは妊娠していると分かっているカトレアを立たせたまま、話を続けていく。その陰湿さに侍女たちは顔に出さずとも内心苛立ちを覚えていた。


「申し訳ございません、カルミア王妃陛下。私は元々細身でありましたので、ようやく少し大きくなったくらいにしか見えないのです。王宮医師長にもそう言われております。」



―――陛下の子を妊娠している女を立たせたまま話をするとは、なんて浅はかなのかしら……。このまま悪い方向にもっていきたいのか、本当に調べた通りに何も考えてないただのお馬鹿さんなら、自分から地獄に落ちていきそうね。



「……あっそう……じゃあ……茶会や祝いのパーティーをしてもいいわねぇ。今のドレスはなんだか体のラインを隠しているようで、美しい貴女には似合っていないわ。それに後ろの侍女たちにも似たようなものを着せていて、どちらが侍女だか分からないもの。だからね、私が選んであげるわ」


 カルミアはソファに深く沈み込み、片肘をひじ掛けにつきながら、カトレアを品定めするように頭からつま先までゆっくりと見下ろした。


「素晴らしいご提案なのですが……私、陛下よりカルミア王妃陛下は、こちらの離宮で()()()()()()()申していると聞かされております。ずっと体調不良であった王妃陛下に、ドレスの手配など……そのようなことはさせられませんわ」


 カトレアが心配するような素振りを見せると、カルミアは顔を赤くしながらひじ掛けに置いた手を強く握りしめた。カトレアの着ているドレスは胸や腹部を覆い隠し、しかもふんわりとした見た目のため本当に妊娠しているのかは、目視では確認できない。



―――ただ、ナイトシード公爵が王宮医に確認をとったところ、妊娠はしているとのことだった……とでも考えている表情ね。なぜ妊娠したことを知らせなかったのか、と王宮医師長に詰め寄ったらしいけれど、中立の立場であった王宮医師長は『陛下のご命令でしたので』としか答えなかったのよね。そう思っているのね、カルミア様……。本当にお顔に出やすい方だわ……。



「ま、あ……ええ、そうなのよね……じゃあ、カトレア。貴女に一つだけ命じるわ」

「はい」


 であれば、これ以上カトレアを試しても仕方ない、とカルミアは次の手に出ることにした。


「名前よ、貴女のカトレアという名前。私と似ているから紛らわしいの。変えてちょうだい」

「お、王妃様……!」


 カルミアの隣に控えていた侍女のサーラが、思わず声を上げた。ナイトシード公爵から何もするな、と釘を刺されているのだ。そのことを忘れているかのようにカルミアは、ナイトシード公爵の許可なく、王妃の独断で貴族令嬢の、しかも公爵令嬢であるカトレアに名を変えさせようとしていることへの異常さに驚愕していた。


「サーラは黙ってて。カルミアとカトレア。名前が似すぎているわ。その名前を聞くだけで、私はまた体調が悪くなってしまいそうなの。ねえ、カトレア。貴女、私の体調の心配をしてくれているのでしょう? だったら名前を変えるぐらい……平気でしょ?」


 カルミアはカトレアを試すように目を逸らすことなく、ジッと見据えた。カトレアもまたその強い眼差しから逃げることなく見返した。



「もちろんです、カルミア王妃陛下。では……そうですね、ヴィクトリアにいたしますわ」



 カトレアは一瞬の迷いもなく、新しい名前を告げた。


「え? ヴィクトリア……? そ、そんなに急に名前を変えるなんて、いいのかしら」


 無茶な命令に困惑する姿が見たかっただけなのだが、早すぎる新たな名前への変更に、逆にカルミアの方が戸惑いの色を浮かべた。


「はい、カルミア王妃陛下の気分を害さないためにも、こういうことは早くいたしませんと。それに私の祖母の名がヴィクトリアですので、とても愛着がある名ですの。私から陛下にはお伝えしておきますので、カルミア王妃陛下はお気になさらないでくださいませ」


 カトレアは丁寧に言葉を重ね、嬉しそうに頷いた。

 実際にヴィクトリアは祖母の名前であり、隣国の公女だった人物の名だ。そのことを知らないカルミアは特に気にすることもなく、話を変えた。


「……そう。では、貴女の名前は今日からヴィクトリア、ヴィクトリア・ローレルね。いい名前だわ……さあ、お茶の用意をさせるから飲んでいきなさい」

「カルミア王妃陛下、大変申し訳ございません。もう聞いていらっしゃるかもしれませんが、この後すぐに陛下に呼ばれております。その際に、今回の名前のこともお伝えしておきます」

「え?」


 カトレアの言葉にカルミアは狼狽し、小さく息を呑んだ。アイバンに呼ばれているという事実を知らなかった。恐らく準備などもあっただろうが、それを置いてでもこちらへ来いと、命令したような状況になっていたのだ。


「ああ、もちろん、カルミア王妃陛下から言われて名前を変えることにした、などとは言いません。私の方から名前を変えようと思った、とお伝えいたします」

「そ、そうだったのね。ごめんなさいね、私もまさかアイバンと会う予定があったなんて知らなくて」


 カトレアはその言葉に、にこりと穏やかに微笑み返した。


「カトレアさ……申し訳ございません。ヴィクトリア様、そろそろお時間でございます」

「あら、ありがとう、ヴェダ。では王妃陛下、慌ただしくて申し訳ありませんが、下がらせていただきます。本日はお会いできて嬉しゅうございました」

「……ええ、また」

「はい、王妃陛下」



 カルミアにはできないほど美しく綺麗な礼をすると、カトレアと侍女たちは部屋を去った。その姿はどちらが格上なのか分からぬほどで、四人が出て行き扉が閉まった瞬間、ドスッと扉に何かがぶつかる音が耳に届いた。

 カトレアは笑みを崩さず、アスターとヴェダは無表情に、アキレアだけが口角を少しだけ引き上げていた。



 カトレアはこれ以降、ヴィクトリアと名乗ることになるのだが、次に正式に名乗る時は出産後ひと月で王宮に戻ってきてからになる。

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