14、春花祭
時は遡り、王妃カルミアが王都に戻って来る九か月前の話である。
春の花の吹雪は、神に愛される者によって空に、海に、山に大地に降り注ぎ、様々な加護を与えるとされている。
この国では一年に一度、春に国をあげての祭りが行われる。
「ローレル公爵令嬢は本当にお美しい」
「この国で未婚の最高位の唯一の女性だ、当然だろう」
「公爵家の姫さんであるにもかかわらず、俺たち平民のことを考えてお慈悲を施してくれるんだ……感謝しかないなぁ」
「そうよ、それにしても今年、王妃様は不参加なんだねえ……南部の暖かい観光地に行ってるらしいけど」
「観光地での療養ね……この国の祈願祭を忘れて遊び惚けか……まあ、そのおかげでお美しいカトレア様が見られるんだ、ありがたいっちゃありがたいな!」
ハハハ、と人々は笑い合う。
カトレアが王宮に作法を学びに来たのは、祈願祭の時期であった。
それは春花祭と呼ばれ、一年の感謝を神に報告し、また次の一年も神の加護を与えてもらうための祭りである。国中をあげて派手に行われる祭りは、近隣の友好国の貴人も呼ばれるほど豪華なものであった。
今年は、友好国である隣国の王太子夫妻が結婚後、初めての夫妻揃っての公式行事として選ばれていた。それなのに、王妃であるカルミアは忘れているかのように、療養から戻っても来ない。実際、貴族も民もすでにカルミアが療養などではなく、遊びほうけていることを知っていたのだ。
春花祭に王妃が参加できない場合、国王の隣に並ぶ者には順番がある。一番は愛人―公妾―、二番目は王家の成人している未婚の女子、最後に公爵家の未婚の娘が選ばれ並び立つ。一番目と二番目は、今この国にはいないのだ。
「あら、陛下。では、私が王宮で学んだ作法を披露する良い場ができましたわね」
カトレアは楽しげにアイバンに告げた。この時すでにアイバンは発表していなかっただけで、カトレアを愛人にすると決めていたため、特に反対することもなかった。
「そうだな、ではカトレア嬢。君の学んだことを見せてもらおうか」
「ええ、とくとご覧あそばせ」
おほほほほ、と扇を広げ笑うカトレアに、アイバンもケイレブも、そしてカトレアの侍女であるジェンティアもいつも通りの結果になるのだろう、と思った。
事実、その通りの結果になる。
隣国の王太子夫妻が結婚後、初の公式行事に選んでくれたのだ。カトレアは新婚の二人を祝福するように、王都で配られる花やまかれる花吹雪を沢山の種類を用意させた。
配られる花は珍しい花ばかりであり、飾りにも薬にもなるものにした。
「私、毎回思ってましたの。折角、神官が祈ってくださるお花ですもの、神殿に持って来たら発熱に効く薬などにしてくれたらいいのに、と」
「ほう」
「だって、毎年お花は配っておりますが、薬になる花と飾るだけの花で値段が同じなんですもの。それならば実用的なものがいいと思いました。でも、飾りたければ飾ればいいのです。ただそれだけですわ」
配布される花も、花吹雪も、神官が祈願したもので、神殿に持ち込めば簡単な薬湯にするように手配もしていた。結果、春花祭は例年よりもより一層にぎやかになものとなった。複数持っていくものがいないように、渡す際に身分を確認される。
身分を証明できないものは、救貧院で配布されることになっていたため、特に混乱も起きなかった。
二人は神殿の中央にあるバルコニーでにこやかに、和やかな雰囲気で手を振る。歓声は一昨年、昨年よりも大きく、春花祭での民からの歓声は、神への感謝と祈りの気持ちとなるとされている。
「国王陛下ー!」
「ローレル公爵令嬢様ー!」
カトレアの衣装は白だけの生地を使い作られており、宝石などの飾りが一つもないハイロードレス風。
アイバンの衣装も同じく白だけの生地を使い作られ、神殿の彫像の衣装と同じ作りだった。
どちらも着ている本人の気品だけが飾りとなる。まさしく美男美女の似合いの二人であった。
「ここ数年、煌びやかな衣装ばかりだったけど、やっぱり春花祭はこの衣装よねぇ。本来の正しさって感じで素敵ねぇ……」
「おいおい、あまりでかい声で言ってたら、聞かれちまうぞ」
「あら、今日のこの歓声だもの、叫ばない限り分かりっこないわよ」
「まあ、確かにそうだが……ああ、そういや、中部の商人に聞いたんだが、王妃様たちは買い物にパーティー三昧なんだとか」
「なにそれ、いつものことじゃない」
「そんなに元気なら、帰ってくりゃあいいのに」
「え? いや……神殿でまたあの豪華な衣装での祈りを見せられたら、たまったもんじゃないわ」
「そうそう、宝石の一つでももぎ取ってやりたくなっちゃう」
「お前ら……いつもそんな風に思ってたのか」
「そりゃそうよ! こんな騒ぎの時じゃなきゃ、言えないもの!」
この年、カトレアを王妃カルミアの代わりとすることを会議の場でアイバンが宣言すると、ナイトシード公爵派は反発した。その結果、毎年行っていた警護や配布される花などの寄付をしない、と対立姿勢を明確にした。
ナイトシード公爵は、アイバンに王妃以外に女がいないことをアピールする場にしたかったのが、当てが外れた形となったその仕返しのようなものである。
初めての参加とは思えぬほど、あまりにも堂々とした姿を見せるカトレアにアイバンは思わず感嘆した。
「初めてとは思えぬほど慣れているな」
「私、先生にずっと習っていましたの」
「春花祭のことをか?」
「ええ、祈願のやり方など、一通り。こんなにも早く役に立つとは思っていませんでしたが」
「先生……そのようなものを王宮でいつ、手配したのだ?」
「あら嫌ですわ、陛下ったら……なんて面白い冗談を言うのかしら」
二人は話しながらも、手を振る民への笑顔は忘れない。
アイバンは横目で美しいカトレアを見る素振りをして、視線だけを後ろに向ける。ケイレブにジェンティア、そして二人に見惚れている護衛と侍女たち。
「今年もこの国が豊かで神に愛されますように」
指を組み、空に祈るように願いを口にしたカトレアに、その場にいた者たちは静かに頭を下げた。
華やかな祈願祭の振る舞いの品を、民が礼を言いながら持ち帰る。カトレアは王妃が管理している予算に手を付けることなく、公爵家やカトレアを選んだ反ナイトシード公爵派から費用を捻出させた。
そのうちの一人が声を高らかにしてアイバンとカトレアの前で手を挙げた。
「国王陛下に祝福を! ローレル公爵令嬢に祝福を!」
その声を聞いた周りの大人も子供も、老若男女喜ばしいことへの気持ちの高ぶりを口々に声に出した。
二人は驚きつつもバルコニーから感謝の声を掛ける。
大歓声の中、カトレアはゆったりとした白生地の胸の下で、ふんわりと切り替えられているハイロードレスの腹部を撫でた。
それから約九か月。
カルミアは戻ってこなかった。アイバンもすでにカルミアに期待していることはなく、戻ってくる知らせに国の重要行事に対する謝罪などもなく、使者を寄越さなかったことへの恨み言しか書かれていなかった。




