11、アイバンの話
その夜、夜が明けても二人は睦み合った。翌朝、ケイレブが部屋に来てもアイバンは追い返し、部屋から出てきたのは昼を過ぎた頃だった。
「カトレア嬢を……カトレアを愛人にする。あの者が子を産めば未来は変わる」
「承知いたしました。準備をさせます」
「ああ、カルミアはまだ戻っていないのか」
「はい。直近でも派閥の者たちを呼び寄せてお楽しみになられているようです」
「……分かった。今は連絡せずともよい。ただし、頃合いを見て連絡をしておけ」
「承知いたしました」
情事の痕が付いた体は不快ではあったが、どこか清々しい気分だった。若い娘であるカトレアを愛人にしないと誓ったばかりであったが、たった一日にしてその誓いを破ってしまった己の愚かさに乾いた笑いがこぼれた。
「まさかあの指輪を未だに持っているとはな」
アイバンの独り言ちる声を聞いていたのはケイレブだけであった。
隣の部屋で待機していたケイレブは温かい湯を用意していた。客室とはいえ、位の高い者が使うように誂えられているため、続きの間に簡易的な風呂が用意されていた。
女性一人が浸かるほどの広さしかない湯船に頭から沈む。
アイバンは今までの己の愚かさを反省するかのように。
―――何を勘違いしていたのだろうか、私は。敵も味方も分からないようになっていたと、昨日はカトレア嬢に言われたようなものだな……王として、いや、男として情けない姿を見せてしまった……。
あの柔らかな肌の感覚を思い出し、アイバンは体が熱くなるのを感じた。
―――先ほどまで一緒にいたというのに、情けない……。
今まで王妃であるカルミアとは、不仲だったわけではない。
だが、仲睦まじかったかと言われればそういうわけでもなかった。王族の結婚は、政略だ。互いに恋愛感情を持っての結婚など、今までに何人ができただろうか。
そんな中でも、アイバンはカルミアに言われるがまま、子作りにはそれなりに励んでいた。
それが、王族としての義務だからだ。
最初のほうに何度か妊娠の兆しはあったが、子が胎で育たなかった。
アイバンの両親である前国王夫妻は決してアイバンもカルミアも、どちらも責めなかった。アイバンの妹であり降嫁した王女もまた、全く同じであったからだ。
どちらかと言えば、カルミアの実家であるナイトシード公爵家こそが、カルミアを責め立てていた。子を産むように急かされ、怪しげな薬をどこかからか準備し、アイバンとカルミアに服用させた。
アイバンは侯爵家から責められるカルミアを憐れに思い、体に害がないと分かったものに関しては、カルミアのためにも服用していた。多少であれば害があったとしても、アイバンは幼い時より毒の耐性を付けているため、あまり気にしたこともなかった。
しかし、そのほとんどは効果がなかった。
結婚して十年、アイバンはカルミア以外を抱かなかった。カルミアから愛人を持てとも、他所の女に手を出せとも言われなかったからだ。
家臣の中には、子を産んだことのある未亡人を相手にしてみるのはどうかと声を上げた者もいた。だが、アイバンが首を縦に振ることはなかった。
それはカルミアに対する愛があったからではない。
むしろ、最初からカルミアに対する愛などなかった。
一度、婚約者が変わったことで、国王である自分と一人の男としての自分の気持ちは、分けなくてはいけないことを知ったからだ。
だが、互いに国を治める協力者として、夫婦として信頼しあえればと思っていたが、その信頼さえも早いうちに無くなっていた。
政治に無関心で実家の公爵家の言いなりなところ。
国民の暮らしぶりに無関心なところ。
常に自身が中心でなければ許せないところ。
―――愚かな女だ。
どれもアイバンから一つずつ感情を削ぎ落していくものであった。
アイバンも前国王夫妻である自身の両親も、アイバンたちに子ができなければ、傍系王族の血が入っている家門から養子をとることを考えていた。
カルミアだけがこの考えを拒否した。それは公爵家から散々言われていたからだ。
できればアイバン自身も血の繋がった実子が欲しいとは思っていた。しかし、どれだけ互いに頑張っても、できないものはできないのだ。諦めも肝心だとある程度覚悟はしていた。
だが、カトレアがやってきて、その気持ちは大きく変わった。一晩にしてアイバンはカトレアを気に入ったのだ。
部屋を出ていく直前、カトレアが言ったことを思い出す。
『陛下、私は必ず陛下のために……いえ、国のため、国民のために私の生涯を捧げますわ。私はカルミア王妃陛下を廃妃にしてください、などとは絶対に言いません。お約束いたします、それは私の望むことではありませんので』
『そうか。では、なにか望みがあるのか?』
『望みですか? そうですね……私は、私のためにやりたいだけです』
『……なかなか言うな……まあ、いい。カトレア嬢、では君に頼もう』
『お任せください』
カトレアは深々と頭を下げた。




