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空は、まだ咲いていた  作者: 宇波
第一章 自衛軍士官学校 〘2〙郷里、夏にて
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第三十話 記憶の面影 1

 祖父母の心配を余所に、車は墓地の前に到着した。


 賑わっている墓地。

墓地に賑わってるなんて言うのもなんだと思うけど。

余所の家の墓も横並びになっているそのひとつに、『天嶺家の墓』と墓石に刻まれた墓がある。


 ここに、幼い頃に亡くなった父と、外国から帰ってきた母が眠っている。


「空、線香」

「ん」


 海がお土産の袋から取り出した線香を何本か手渡してくる。

受け取って、チャッカマンで火を点けた。


 煙が昇る。天高く昇る。


 お墓に供えた。手を合わせた。


「……ただいま。ママ」


 撫でてくれる暖かい手も、包んでくれる小さくて大きな体も、おかえりの声も、全部、そこには無いけれど。


 長く長く手を合わせていて、もう日は沈んだと思えるくらいに長く瞑っていた目を開けると、まだ日は昇っている途中にいた。


 陸はまだ目を瞑っている。

海は私の身動ぎで目を開けた。


「もういいのか」


 問いかけ。ひとつ首肯。

海の声が聞こえて、陸の目も開いた。


「そろそろ行くか」

「そうだね」


 陸は立ち上がり、大きく伸びをした。

ほんの少しだけ、線香の残り香が広がった。


 先に車に戻っていた祖父母は、もういいのか、と問いかける。


「うん。挨拶はできたから」

「……そうか」


 きっと彼らはこう聞きたかったのだと思う。

〝もう、母親のことは吹っ切れたのか〟。


 吹っ切れる訳が無い。

今でもたまに夢に見る。

だけど、平気なフリして前を向かないと、あの学校では生き残れない。

 私は日向先輩に、そう教えてもらったから。

だから平気なフリをする。


「この後どこか行きたい所あるかー?」


 祖父が空気を変えるように、ひと際陽気に聞いてくる。

私はそれに乗る形で、明るい声で返答をする。


「おじいちゃんの会社行きたーい! アミューズメントパーク、どこまでできてるのか見てみたい!」


 それに対して海。ボヤく声音で呟いた。


「空。じいちゃんたちお迎えで疲れてるだろ。それは別の日にしないか」

「えー」


 頬を膨らませる。

祖父も、「まだ行けるんだけどなー」なんて言っていた。


「休み中にまたお願いするから、今日はこのまま家までお願い」


 なんて海が言うから、私は頬を膨らませて、幼く拗ねた顔をした。


「今日は僕が夕飯作るから」

「えっ。海のご飯?」


 やったぁ。

私は言葉で喜んだ。


 海の作るご飯は美味しい。

凝った料理も作れないことはないって言っていたけれど、さっと作れる料理のほうが得意みたい。


 陸はどちらかと言うと、外で飯盒炊爨する方が得意みたいで、アウトドア料理なら陸に頼めばハズレはない。

お米とか、絶妙な加減でおこげを作ってくれる。すごい。


 私は……。聞くな。

こと料理に関しては私は無力だ。

寮の自炊スペースには、やんわりと出禁を言い渡された。


「それならスーパーにでも行きましょうかね」

「やった。スーパーならいいよね? 海? 陸?」

「うん。食材運ぶのに車があれば助かるし」


 海の一言で、次の行き先が決まった。

おじいちゃんはなんとなく張り切っているように見える。

 多分、私と同じ気持ちなんだと思う。

久し振りに会えた孫と、少しでも長くいたいとか、そんな気持ち。


「みんなのお友達にも、会えるといいわね」

「地元出ている人も多いから、会えたらラッキーじゃないか?」


 おばあちゃんの雑談に、陸の疑念。

言っていることは尤もで、私の周りだけでも、例えば三浦ちゃんは県外の大学に進学しているし、眞鳥さんも隣県の短期大学に合格したって聞いた。

 茂庭さんは、地元の美容専門学校に通っているけど、レスリングの大会とかで、国内外問わず飛び回っているって、電話で言っていた。


(私の友達がこんな感じだから、陸と海の友達が全員地元に留まっているとは思えないんだよね)


 とは言っても、二人の友達のことを私は知らない。

交友関係については兄妹間でノータッチ。

敢えて誰と仲がいいなんて言うのは、本人の口から聞くまで分からないことがほとんど。


 私たちは一般的な兄妹よりも仲がいいことは自覚しているけど、思っている以上に共有されている事柄は少ないんだと、ふと自覚した。


(多分二人は、私が甘いものよりしょっぱいものの方が好きってことは知らないだろうし)


 海が未だに飲むのを躊躇うブラックコーヒーを、平気で飲めることも、多分知らない。


(言ってないからしょうがないか)


 それで聞かれない限り、私も特に言うこともないと思う。


「偶然会ったらおしゃべり楽しんでくるね」

「そうした方がいいわ。面と向かって顔を合わせることができる友達は貴重よ」


 経験に裏打ちされた重み。

祖母もこの年になるまで、色んな出会いと別れでも繰り返してきたのだろう。

バックミラー越しの細まった目は、どこか遠くを見ているように見えた。


「あ、スーパー」


 ふと、窓の外を見ると、いつの間にかスーパーの看板が見えてきた。


「そろそろ着くぞー」


 祖父が間延びした語尾で駐車場へ車を入れる。


 懐かしいスーパー。

ここで私たちは、よくお母さんとお買い物に来ていた。


(懐かしいな)


 入り口の方を見る。

変わっていない佇まいに、私は目を細めた。

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