第二十九話 帰郷 2
バスが駅前に止まる。
車内に残った全生徒がゾロゾロ降りていく。
私は大きく伸びをして一言。
「よく寝たぁ」
「ホントだよ。一回も起きなかったってどんな眠り方してるの」
あきれた調子の海。
伸びをする私の口元をハンカチで拭ってくる。
ヨダレが垂れていたという。おっと失敬。
「まだ電車とか乗る人いるんだね」
「そりゃそうだろ。学校が送ってくれる最終駅とは言え、ここが最東端ってわけじゃねぇんだから」
陸の言う通り、ここから更に東に行く人は、電車や民間のバス、あるいは船を使って帰郷していく。
学校に帰ることになる待ち合わせ日には、この駅にもう一度集合することになるわけだ。
「ここから歩いていく人もいるね。ご近所だったのかな」
「もう忘れたの? 僕たちはここから車で一時間くらいかかるんだよ」
「そうだった」
忘れてた。あまりにも学校生活の記憶が濃くなりすぎて。
「そろそろ待ち合わせの時間じゃないか?」
「ほんとだ。東口だったよね」
「急げ急げー!」
陸の問いかけに海が時計を見て確認する。
私は二人の後ろから囃し立てて背中を押した。
小走りで駅を進む私たちに追従するスーツケースは、カラカラ、カラカラ音を立てて、一緒に急いで走っていく。
視界の上には黄色く塗られた案内板。
矢印とともに書かれた『東口』。
その先に目を凝らす。
懐かしい人影が、二人分。
「……おじいちゃん! おばあちゃん!」
まだ少し離れている人影が、振り向いて手を振ってくる。
一人は控えめに。もう一人は大きく。
私はほんの少し滲んだ視界を振り払うように、大きく、負けないくらい大きく手を振り返した。
「……ただいま!」
***
祖父の運転する車内の、後部座席に私たちは詰めて座っている。
三人横並び。陸も、最近は海も成長期が止まっていないのか、体格が更に良くなっている。
二人に挟まれる私は、潰されるくらいに窮屈だった。ちょっと離れろ。
「元気だったか?」
運転席の祖父が、バックミラーを覗きながら聞く。
「うん。病気なし」
「よかったよかった。……学校はどうだ? キツイことはないか?」
「心配症だなぁ」
心配症だなぁ。
心の声がそっくりそのまま口から外に飛び出した。
「何とかやってるよ。大変なこともあるけど……。辞めたいとは思わない」
「……そうか」
安堵と不満が混ざった『そうか』。
私は不満に気付かないふりをして、祖母に声を掛ける。
「二人は元気だった? 体調崩してない?」
「心配してくれてありがとう。お陰様で、健康でいられているわよ」
疲れた様子は見受けられない。
極端に痩せている様子もない。言葉の通り、健康で生活できているようだ。
「陸くんはまた大きくなったわねぇ」
「ばあちゃんは縮んだ?」
「縮んでないわよ。それだけ陸くんが大きくなった証拠よ」
祖母はミラー越しに目を細める。
その視線は私を跨いで隣にいる海の方へ。
「海くんも、髪が伸びたのかしら? 切らないの?」
「まぁ……。しばらくこのままでいいよ」
「あら。どうして? 短い髪も似合うと思うわよ」
「短くすると陸と間違えられる」
「この体格差で間違えるやついないだろ」
からかった陸の二の腕に、海からのパンチが入った。
目の前を腕が伸びてった。危ないなぁ。
「空ちゃんは……痩せた? 大丈夫? ちゃんとご飯食べられてる?」
心配をする祖母に、苦笑いを返す。
「ご飯はモリモリ食べてるよ。いっぱい動くから、多分お肉よりも筋肉がついているんじゃないかな」
「そう……。そうなの。それなら、いいのよ」
安堵した風の祖母。
きっと彼女の頭の中には、士官学校に入学する前の私の姿が浮かんでいる。
(自分のことながら、あの時の私は酷かったからね……)
食べられない。お風呂にも入れない。外の世界に出られない。
他者の介入があって、ようやくまともに人として生きられるかギリギリな状況。
我ながら、よく持ち直したと思う。
多分祖母は、私が痩せた姿を見て、その記憶を呼び起こしてしまったのだと思う。
申し訳ないことをしたと思うと同時、ずっと心配をしてくれている祖父母に擽ったい気持ちが残る。
「心配症だなぁ」
私はもう一度繰り返した。
「それよりおじいちゃん」
「お、なんだ」
「今、家に行っているんだよね」
「そうだぞ。どっち泊まるんだ?」
私たちが暮らしていた家は、祖父母が今もそのまま残してくれている。
だからきっと、私たちの生家か、それとも祖父母の家に泊まるかを、祖父は聞いている。
「基本は実家に泊まりたいかな。だけど、お休みの期間中、おじいちゃんたちのお家に遊びに行ってもいい?」
「もちろんだ。いつでも遊びに来い」
嬉しそうに豪快に笑う祖父。
私は彼に、それで……。と言葉の続きを話す。
「私、私たち、寄りたいところがあるんだけど」
「お、どこ行きたい?」
カーナビに目を通す祖父。
ナビから流れるように、バックミラーに視線をもう一度向ける。
一度、唾を飲む。
柄にもなく緊張しているみたい。
一瞬言葉に詰まった私の両手を、陸と海が繋いでいる。
私は目を瞑る。
そうしてすぐに、それを開いた。
「お母さんの、お墓に」




