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空は、まだ咲いていた  作者: 宇波
第一章 自衛軍士官学校 〘1.5〙夏休み 前日譚
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第二十七話 毒に見えた、その後で

「夏ちゃーん!! 無事かー!!」

「ぐぇっ」


 学校に帰るとほぼ同時。

ソワソワ落ち着かない様子で待ち構えていた瑪瑙先輩にタックルされた。


 もう一度言う。タックルされた。

決して抱き着かれたとかではない。私は数メートル飛んだ。


「めのっ、せんぱっ!」

「心配したんだよ心配したんだよぉ!! アイツほんっと見境ない!」


 うおおおおお! なんて雄叫びのような嘆きの声。

私も違う意味でうおおおおお! だ。具体的には死にそう。窒息で。


(あ、死ぬ)


 意識がふっ、と飛びかけた。

豊かなお胸に埋もれて飛びかけた。

こういうの、好きな男もいるんでしょ? ……冗談じゃない。


「まだ私は生きるんだー!」

「うぉぅっ! どうした夏ちゃん?!」

「瑪瑙先輩、苦しいです」


 目をぱちくり瞬き。

私の顔を見て、下を見て、もう一度私の顔を見た先輩。

ようやく彼女は、現在の体勢を理解した。


「わぁぉ。ごめんねぇ、夏ちゃん!」


 慌てた様子で瑪瑙先輩。

馬乗りになった姿勢を解放する。

ようやく楽になった息。大きく深呼吸をして、生きている喜びを噛み締める。


 辺りを見ると、休日だからか人は居ない。

瑪瑙先輩以外の生徒がいない。


「陸と海はどこに行きました?」


 今朝、女子寮に侵入してきたくらいに心配していたから、今も当然いるものと思っていたけれど。

 そう、疑問を問えば、瑪瑙先輩は明後日の方向を見ていた。


「瑪瑙先輩?」

「お兄ちゃん二人ねん……。女子寮侵入が見つかって、今反省室に入れられてるよん……」

「何やってるんだあの二人」

「『妹に頼まれたものを届けに来た』って言い訳をして、ウチもその通りって弁護したから……。初犯だし、反省文で済ましてもらってるよぅ……」

「教官も、バブル期ウーマンの服を所望する妹がいるとは思わなかったでしょうね」

「呆れてたよねん……。鬼沢教官」

「よりにもよって」


 鬼沢教官とは、名前のとおり、鬼のような風貌をした怖い教官。

 見た目も厳つくて声もデカくて、説教の時なんて屈強な先輩男子が、大号泣してチビるほどとの噂が歩いている鬼沢教官。

 その噂と風貌で、見かけたことがある程度の私でも覚えている存在感。

あんまり関わったことがないから、今度お話しに行ってみたいと思っている。


「あの顔で、甘いものとか好きだったら可愛いですよね、鬼沢教官」

「かわい……? うーん……? 甘いものっていうギャップバフが入っても、怖さが上回ると思うんだけどねん?」


 しきりに首を傾げる瑪瑙先輩。

それほどまでに怖い人なのか、鬼沢教官。余計に話すのが楽しみになってきた。


「鬼沢教官から伝言ねん」

「私に、ですか?」

「そそ。お兄ちゃんたちにはもう言っていたから」


 瑪瑙先輩が咳払い。


「えーっとねん。『荷物の受け渡しは女子寮の外でやれ』……だそうですん」

「ご尤もです」


 ごめんなさい、鬼沢教官。

私は心の中のイマジナリー鬼沢教官に、誠心誠意謝罪した。


「……デート、楽しかった?」


 おずおず、どこか申し訳なさそうに、しょんぼり肩を落として瑪瑙先輩が問いかける。

私は首を傾げて、少しだけ口角を上げた。


「美味しかったです」

「美味しい?!」

「フレンチのランチに連れて行ってもらいました。奢りって、素晴らしいですね」


 今回の件についてポジティブに考えるのなら、そこだけが良いところだった。


「服も買ってもらえましたし、気兼ねなく着倒せる私服がもう一着増えました」

「確実に自分色に染めていくやつ……っ!」


 瑪瑙先輩が項垂れた。

私はケタケタ笑い声を上げた。


「安心してください。それだけです」

「……付き合ってはないの?」

「サブイボ立ちますやめてください」


 笑顔が引っ込んだ。

すん、と真顔になった私に、引いた表情の瑪瑙先輩。

あれ? と彼女は呟いて。


「翠にデートで言い寄られてたんでしょ? 付き合おうとは思わなかったの?」

「言い寄られてはいませんよ。女慣れしてるなとは思いましたけど」


 瑪瑙先輩に訂正を。

納得のいっていない様子の先輩に、私は素直に感想を吐き出した。


「翠先輩って」


 瑪瑙先輩の身体が強張る。

次の言葉を警戒しているみたいに見えて、少し可笑しく思えてきた。


 私は溜めきった言葉を吐ききる。

瑪瑙先輩は目を丸く見開いた。


「私の兄たちよりもカッコいいですか?」


 理解が追いついていない顔で瑪瑙先輩。

私は続けて、だって。と言う。


「私の兄たちよりカッコいい人って、そういないと思うんですよ」


 顔良し、スタイル良し、身内に対しての性格良し。

一方は頭が良くて、もう一方は力がある。

一方は一途で、もう一方はモテる。


 正直、陸と海以上にいい男っていない気がしてきた。

そう伝えると、先輩は空を仰ぐ。


「夏ちゃん……」

「なんでしょうか」

「ブラコンすぎるよぅ」


 馬鹿にするような口調ではない。

揶揄いが入っているわけでもない。

ただ、笑いを堪える、頬に空気が含まれた音が、私に届いた。


 私はフッと鼻で笑う。


「ブラコン上等です。……私に彼氏ができないのはいい男が二人も身近にいるからですね」


 とうとう、堪えきれなかった笑い声が噴き出される。

瑪瑙先輩は、空高く響く声で爆笑した。

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